第169話
自身を指差すリュカ。まわりを見回すが、自分しかいない。
「俺ッ!? ないない! 見てよ、この太い指。押しづらいよね、たぶん。キミみたいに細くてしなやかな指だったら、考えていたかもだけど。どっちかというと、筋トレのほうが性に合ってるからね! どう? この上腕三頭筋?」
と、風を起こさんばかりに腕を振って否定。そしてその流れで自身の筋肉のアピールに成功。サイドトライセップス。別のフロアにトレーニングルームがある。
乱れた前髪を直しつつ、言葉に詰まったブランシュは、とりあえず話を派生させる。
「すごい……んだと思いますけど、お仕事もそういう関係ですか?」
どういう経緯で人は筋トレをしだすのだろうか。もしかしたら建築とか、そっち系の力仕事を主とする会社とか——。
「いや、学生時代に作ったソフトがたまたま当たっただけ、アンドリュー・カーネギーの言う『チャンスを掴めなかっただけ』の人間にならなかった。だが元は——」
と言いかけて、そして止まる。なにか心に引っかかるものでもあるかのように。だが思い直し、再度リュカは大きくスマイル。
IT系だったとは。絶対に当たらないクイズを、ひとりでブランシュは開催していた。
「あ、筋肉は全然関係ないんですね……」
いつ使うんだろう、そのパワーは。どんな風に仕事をしていたら『あ、筋トレしよう』と思うのだろうか。詳しく考えてしまっているが、興味自体はない。
ポーズをひとつしてしまうと、そこで歯止めが効かなくなるリュカ。前屈みになり、一度広げた腕を締め、拳と拳を合わせるような所作。
「そしてこれがモストマスキュラーポーズ」
今日はなかなかハリがいい気がする。女性に見られているとホルモンとか、なにかそういうのがいい感じなのかもしれない。
「いや、聞いていないです」
なんとなく、この人のことはニコルと同じく『掴みどころのない人』というジャンルにブランシュは分けた。我が道をいく人々。だが、だからこそ登り詰めたのかもしれない。
その後も様々なポーズを窓ガラスで確かめるリュカだが、バックラットスプレッドを決めようとした際に、ふと声をかけられる。
「……ちなみに、ですが」
「ん?」
控えめに、ではあるが、ブランシュから声をかけられ、途中だがリュカはストップする。まさか僧帽筋に問題が——。
言うべきか悩みつつも、止めてしまったのでブランシュは言い切ることにする。
「……実は指の太さ細さはピアノにはあまり関係がない、とも言われています。むしろ、太いほうが力強い音が出るとも。なので、これほどのピアノをお持ちであれば——」
「無理無理。俺はこのピアノを見ながら飲んでるほうがいいんだよ、夜景をバックにね。ほら、プロテイン」
と、カウンターに入り、足元から袋を取り出すリュカ。まだ寝ないので飲まないが、いつもここに常備している。落ち着く。
「……そう、ですか」
とりあえず早く戻ってきてくれ、それだけをブランシュは祈った。
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