第168話

 戸惑うブランシュの心の中に最初に広がったもの。それは「天井、高……」だった。よくわからないけれど、たぶん中東? あたりで見かけそうな、そんな柄の巨大なカーペット。フカフカで、埋もれてしまいそうなソファー。バーラウンジ。どこに繋がっているのか螺旋階段。


 眼下には、夜の闇が迫りくるパリの街並みが見える。通っているモンフェルナ学園のカフェの景色も好きだが、さらにその遥か高いところから見下ろせる景色。少し怖い。バスケットコートくらいはあるそのフロアで、落ち着かないでいる自分。


「ハハッ! すごいでしょ? 余計なものは置かない。他に大事なものは、別の部屋に保管している。ここは座れて。飲めて。景色が見えればそれでいいと思わない?」


 横に並び、そう語りかけてきたのはリュカ・コナテ。若くして富を築いた実業家。このフロアには現在彼とブランシュしかいない。その大きな声が響き渡る。


 彼のデニムシャツの胸筋が気になるブランシュ。どちらかというと男性は苦手。それも対面で。さらにお金持ちで。気後ればかりする。


「はぁ……」


 返事とも取れるため息。なんでこんなことに。


 そうだ、とリュカは手を叩いた。


「それといい音楽。それも必要だ。普通のフルコンサイズのピアノを置いても充分に映えるのだけれど。やっぱりクリスタルは男の浪漫だよ、ねッ!」


 と、指で示す先。バーカウンター横にあるクリスタルピアノ。シンメル『グラスホワイト』。イスの脚部もクリスタル。


 たしかにすごいピアノだとは思う。が、その感動と興奮よりも、消えてしまった三人が気になって仕方ないブランシュ。胃痛を我慢。


「いや、わかりませんけど……」


 そして悪い人ではないのだが、距離感の近い男。どうしよう、という迷いだけが膨らんでいく。


 だが、そんなことはお構いなしに、目の前の少女との会話を進行していくリュカ。


「他のフロアにもピアノがある。キミも行ってきたらいい。自慢じゃないが、結構注ぎ込んだからね。だが、こうやって見にきてくれる人がいるだけで、演奏してくれる人がいるだけで購入してよかった。そう思わない?」


 一点の曇りもない笑顔。お金の使い方が大味で、部屋のこだわりも極端だが、稼ぎは使うためにある、と考えているので問題ない。


 そうなると、並々ならぬこだわりをピアノに持っているようにブランシュには感じられた。高級なもの、特殊なもの、コレクターで片付けていいものか、と。


「……ご自身で弾かれたりは」


 調律もしっかりと定期的にやっている。集めることが目的なら、そこで終わっているはず。音の質などどうでもいいのでは? コンサートをやるとはいっても、本格的なものでもない。となると、弾いたりしてもおかしくはない。が。

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