第167話
そこで足踏みしていてもしょうがない。提案をあげるブランシュは、どうせ行くのであれば、この貴重な経験を共有したい人達がいる。
「では、どなたかピアノ専攻の方々に聞いてみましょうか。何名かであれば、心当たりがあります」
音楽科のホールで一緒に演奏に参加させてもらっているので、肩身は狭いのだが、そんなことは気にしないはず。ひとりくらいならもしかしたら、という淡い期待。
レアなピアノを拝めることと、ほんの少しだけ自分と合わなそうな依頼者。その狭間で揺れるサロメは脱力しきる。
「もーどうでもいいわ。あたしは見てるだけだし。手伝うつもりはないわよ。見学見学」
「アシスタント、ね。働きに行くの」
しかし聞く耳を持たないだろう、というのはレダもわかっている。とりあえず貴重なものだけは壊さないように。
会話の内容がさっぱりわからないので、口を挟まずにいたニコルだが、なんか上手くまとまった気がするので口を開く。
「そんじゃ、私はそろそろ行くわ。あと、サロメ」
「あ? なに?」
突然呼ばれたサロメ。早く行けばいいのに、と心の中で呟く。
なによりも大事なこと。ニコルは釘を刺す。
「マンディアン。忘れないように」
そして足早に出て行く。オヤツが確保できると、人はこんなにも幸せ。軽やかなステップ。
閉まったドアの方向を全員で見ながら、無言が続くこと五秒。少し姉のほうに対して、気の毒だと思い始めたサロメがいる。
「あんた、だいぶ安く売られたわね。同情するわ」
縛り上げて連れ去ろうとしたヤツがなにか言っているが、そんな過去のことをサロメはもう忘れた。
色々と納得いかないブランシュではあるが、もう乗り掛かった船、やれることをやるしかない、と切り替える。さて、ピアノを演奏してくれる人を探そう。
「……どなたか来ていただけると嬉しいのですが……」
誰にしようか。物事を冷静に判断してくれる人。でないと、サロメとの相乗効果で嫌な予感がする。常に落ち着いている、それでいて——。
しかしそこに、思い詰めたような表情のレダが案を出した。
「……ピアニストの件だけど——」
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