第166話
そこまで説明を受けたブランシュとしては、足が震えそうな案件。時間が経つにつれ、プレッシャーが積み重なる。
「あの……そんな大変な機会に、私は行って大丈夫なんでしょうか……?」
特殊すぎるピアノの集まり。なんで行くのかもよくわからない。ならば逃げるチャンス?
しかし気楽そうにサロメは手をひらひらと振って、その不安を断ち切る。
「あー、気にしない気にしない。試弾の時に一緒にヴァイオリン弾いてくれたらそれでいいから。持っていきたい香水とかあれば持ってっちゃえば?」
こんな機会も滅多に、いや、今後ないかもだし、とチャンスと捉えさせる。せっかく行くのだから、実のあるものにしたい。
だが、そうなるとそれはそれで問題発生。単純なことだが、レダは思い悩む。
「僕の演奏では足を引っ張っちゃうな。キミのヴァイオリンには、とてもじゃないが合わせられる腕はない」
自宅でリサイタルが趣味らしい。ならばせっかく上質なヴァイオリニストがいるので、調律を確かめるついでに協奏曲でも。と言いたいところだが、調律の技術はあれど演奏技術は人並み。下手な演奏をしようものなら、仕事内容を疑われかねない。
だが、そこに食いつくサロメ。おかしいでしょ、と。
「は? なんでよ。依頼主が弾けばいいでしょ。誰のために調律してんの」
確かめてもらいながら、千差万別の理想のタッチに近づける。当然のこと。なんであんたが弾こうとしてんの。
文句を言われそうで、真実を伝えることができなかったレダだが、打ち明けることに決める。
「それがねぇ……依頼主さんはピアノを弾かないんだよ。コレクター。調律も、弾きづらいとかじゃなくて、思い立った時にらしいからね。自宅に招いて、誰かに弾いてもらうためのピアノ」
特殊なピアノを持つ人物が全員、ピアノをバリバリに弾く人間とは限らない。その使い方は様々で、大きなホールやホテルなどに貸与する者、インテリアとして置く者など、購入者の数だけ当然ある。その中でも今回は、自宅のリサイタル用。
全く弾いていない、というわけじゃないことと、しっかりと調律を行っていることは正しいピアノのあり方。だがそれでもサロメとしては、どこかモヤモヤした気持ちが体内に滞留する。
「……飾るだけで塩漬けしているよりかはまだいいけど……なんで金持ちってヤツはこうなのかね……」
いや、いいんだけども。自由だけども。どうせなら弾いてあげてほしい。
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