第165話
うんうん、とレダは大きく頷いた。ある意味で究極のピアノ。ペガサスとは違った美しさ。
「まぁ、ネットとかで見たことはあるかもしれないけど、たぶん想像通りだよ。クリスタルピアノ。透き通るピアノの宝石だ」
響きよりもなによりも、物理的な美しさ。ライトに反射し、ステージ上で輝く。
「このメーカーはアップライトにもランプをつけてみたり、遊び心がある。弾くぶんにはいいけど、調律師としては余計なことすんな、とは思うわ」
そのランプの熱のせいで調律が狂いやすくなったりするし、とあまりサロメは良い印象を持っていない様子。
クリスタルピアノ。世界に星の数ほどあるピアノメーカーの中でも、クリスタルピアノに注目したメーカーはごくわずか。日本のカワイ、カナダのハインツマン、そしてドイツのシンメル。ピアノではあるが、それを超えた『なにか』であるとも捉えることができる。
まず、その特徴として、当然のことながら透明。響板や弦、鍵盤などは流石にそれぞれの素材でできているが、側板や屋根、脚に至るまでアクリル樹脂のクリスタルで作成されている。光を当てることによって、反射と透過でさらに輝きを増す。
では音は? と問われると、流石に響きという点で木に軍配は上がるが、そもそもが優劣をつけるために制作しているわけではない。ピアノではあるが、音そのものの目指す場所が違う。フォルテピアノと同じく、ホールなどの広い場所での演奏を考えているわけではない。独特の音色を持つ。
クリアかつ硬質な音ではあるが、クリスタルピアノというコンセプトに合った、独自の路線を突き進む。重さもアクリル樹脂のため、普通のグランドピアノよりも一〇〇キロ以上重く、運搬にもあまり向いていない。
「カワイのクリスタルピアノともなると、内部にLEDが仕込まれていたり、フレームを鏡にしたり、塗る銀メッキの厚さバランスの限界に挑戦したり、恐ろしくコストがかかっている。限定生産ということもあり、百万ユーロは超えるだろうね」
流石に買うのは無理か……と悔しがるレダ。なにせ限定五台ほどだったはず。中古で出回ることも確実にないであろう。
「シンメルの『グラスホワイト』は、その中ではよりグランドピアノに近い音質をしてるかもね。カワイほどは外見重視、というわけではないはず。ま、この辺は実際に聴いてみないとなんともならないわ」
様々なピアノに触れてきたサロメにも、初めての体験。なにせピアノの可能性を広げた傑作、いや、怪作。ポイントポイントで木とは違う響き。今までの調律が役に立たない可能性も。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます