第162話
「私? ニコル。ブランシュの妹。あんま似てないって言われるんだよねぇ」
悲しいねぇ、と嘆きつつニコルは軽く自己紹介。
その様を、姉であるはずのブランシュは目線を外して相槌を打つ。心なしか遠い目で。
「……まぁ、そんな感じです。はい」
たぶん。と心の中で付け足し。もう何度このやり取りをやってきたか。
「で? なになに? なんか話し合ってたの?」
面白そうな話には鼻がきくニコル。淀んだ空気から、姉の危険信号を受信する。大好物だ。
そこは代表してレダがかいつまんで話す。
「はじめまして。我々は調律師なんだけど、お姉さんに協力を仰ぎたくてね」
面白そうなピアノ調律の依頼が入ったこと。先ほど演奏を聴いたこと。香りを音に、という唯一無二の特徴。これらを合算した結果、自由な意思で行くか、縛られて行くかのどちらかを選ぶこと。後半のほうはサロメが付け足した。
うんうん、と腕を組んで唸るニコル。クラシックのことはからっきしだが、一応は姉のマネージャーを名乗る者として、交渉を申し出る。
「そこは料金次第だね。縛って持っていくなら値段は釣り上がる」
ついでになにかお菓子とかあれば。要相談。
「……ニコルさん、そこは止めてください」
なんとなくこうなる気はしていたブランシュは、呆れ顔で流れに逆らう。
しかしその反抗さえも、興味で動くニコルにとっては単なる微風でしかない。
「なんで? 『旅は若者を鍛える』。諺でもよく言うじゃん。鍛えられてきなって」
そして自分の懐は暖かくなる。いいことしかない。むしろありがとう。
「……旅というか拉致に近いと思うんですけど……」
もうすでに九割がた連行されることが決まっている状況に、おかしいと思いつつもブランシュは流される。とはいえ、完全に行きたくないか、と言われれば嘘になる。そこまでレアなピアノなら、見てみたくなるもの。ついでに一緒に、ということも想像する。
「で、日帰りか一泊かによっても値段が変わってくるんだけど——」
「勝手に追加しないでください」
妹に隙を見せるとこうなる。それでもブランシュとしては、彼女に信頼できるところもあるため、自由に行動してもらう事に異論はない。
足をひらひらとさせ「よし」と意気込んだサロメは、イスから立ち上がる。決まることは決まった。あとはサイコロを振って、出た目で遊ぶだけ。
「なんとか話はまとまってきたみたいね。とりあえず明日の演奏には間に合わせるから。今はそのことだけ考えてて」
そしてフォルテピアノの調律に戻る。自分が話をややこしくしたことは忘れている。料金も、お菓子で釣ればなんとかなるだろう。幸い、ショコラに強い友人がいる。
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