第161話

 そして五分ほどのスケルツォが終わると、パチパチと拍手で迎えるレダだが、その表情は驚きが強い。


「いや、素晴らしいね。そして、キミにも興味がある」


 おそらく、普段の通りに弾いたのであれば、ここまでの魔法をかけることはできなかったのでは、と予想した。この曲に隠された全音音階などの、宙に浮いたような接地感のなさ。それをヴァイオリンひとつでより不思議に演出する、蠱惑的な技術。一音一音に血が通っている。


 これはなんの告白なんだろう、とじっとりとした目で少女はキッパリと。


「……遠慮します」


「あーあ、フラれてやんの」


 肩をすくめておちょくるサロメだが、内心では彼と同じく、まだ心臓の鼓動が速い。この交響的スケルツォは、頼まれごとのミスがバレて、師匠から大目玉をくらう弟子、というストーリー。ヴァイオリンひとつでその魔法の世界に連れて行かれた。「はっ」と鼻で笑う。


 間髪入れずにレダはスカウトに。


「というわけで、ぜひキミもどうだい? 持ち主もセッションできたら喜ぶだろう。えーと……名前、なんだっけ? 僕はレダ・ゲンスブール」


 よく考えたらまだ名前すら知らない。自分も自己紹介していなかったことに気づき、慌てて差し込んだ。


 一瞬、教えていいものか迷った少女だったが、一応調律師の方というのは間違いなさそうなのと、アトリエに所属しているということで、ギリギリ審査を通す。そうでなければ当然落としている。


「……ブランシュ・カローと申します。ありがたいお話ですが……私は大事な演奏が、ありまして」


 今現在、他の曲に集中したいこと。そしてなにより、レダという男がまだ信用できないこと。それらが合わさり、やんわりと断ることに。


 そこに割り込むサロメ。「まぁまぁ」と、間を取り持つ。かに見えたが。


「無理にとは言わないわ。言わないけど、ブランシュにあるのは『縛られて連れて行かれるか』『自分の意思で行くか』の二択。私はどっちでもいいけど」


 オススメは縛られるほうね、と脅しとも取れる二択。面白いオモチャは離したくないタイプ。


 ちょうどそこに入室してくる人物。ノックなどせず開け放ち、開口一番。


「うーい。やってる?」


 まるで小さなビストロにやってきた常連客のように、スタスタと調律師二人を横切り、ブランシュの肩を寄せる。


「どう? 進捗は?」


 はぁ、と小さくため息を漏らしたブランシュは頭を抱えた。


「……せめて来ることぐらい言っておいてください。またどこかに出かけておいて」


 いつものこと。ため息は諦めの合図。神出鬼没。


 いきなり登場し、話題を掻っ攫われたサロメは面白くない。


「誰?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る