第156話
一瞬揺れかけたサロメだったが、もうすでにお菓子は自分で買える年齢。数年前だったら、グラグラと抜けかけの乳歯くらい揺れていたかも。
「あたし、グランドしかやらないから。やっぱ他当たって。てか、自分のことをお兄さんとか、どう見ても——」
「『人間は誰だって、好きな名前を名乗る権利があるんじゃないか?』」
わざとしゃがれた声真似で、レダは気取った返しをする。ついでに顔真似も。
聞いたことのある言の葉。ピンときたサロメだが、腑に落ちない、と表情は渋い。
「……なんで今その台詞が出てくんのよ。あの映画は——」
そこまで発して、ハッとする。ピアノと映画。そのメーカーと主演の俳優。ひとつだけ、繋がるものがある。
「……」
「気づいた? そういうこと」
欲している反応がくるのは心地いい。気をよくしたレダはピースサイン。
頭をゆっくりと回して、なにかに抵抗するサロメは、止まって少しだけニヤリ。
「……『シンメル』『星の王子 ニューヨークへ行く』。なーるほど。つまりはそういうこと」
「そういうこと」
二人して悪い顔。脳裏に浮かぶもの。それはたしかに見てみたい。そしていじりたい。
ここにひとつ、割り込む声。
「あの……どういうこと、ですか?」
実はそばでやり取りを無言で観察していた人物がいた。その人物が、たまらずについに声をあげる。目をパチパチとさせて。
無視していたわけではないが、会話に入ってこないため、結果的に放置してしまったことをレダは謝罪する。
「あぁ、すまないね。キミからも言ってくれたら嬉しいね。いってらっしゃい、って」
ささ、どうぞどうぞ、と促す。誰だか知らないけど。
と言われても。その少女はサロメの味方。渋る彼女側の人間。行きたくない、と言っている以上、止めるのは必然。
「いや、怪しすぎると思います……それよりも、映画、とか。シンメル、とか。どういう繋がりが——」
「この映画の主演は誰だか知ってる?」
手を止めずに口を挟んできたのはサロメ。実はかなり『行く』ほうに気持ちは傾いている。
なんとなく、発言からその気配を読み取った少女は、訝しみつつも否定した。
「……いえ、観たことないです……」
二〇世紀後半の映画。名前も聞いたことがなかった。星の王子、と言ったら『星の王子さま』のほうがピンとくる。その実写版?
「エディ・マーフィ、は知っているよね? この作品は彼が主演のコメディ映画なんだ。マイケル・ジャクソンの『スリラー』のミュージックビデオなんかも手がけた、ジョン・ランディス監督のね」
多少余分な情報も交えつつ、レダは饒舌に語る。
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