第157話

 なんとなく掴めてきたが、それとピアノとどう関わってくるのかがわからない少女。エディ・マーフィも知っているけども。


「それで、つまりはどういう——」


「車のメーカーのアウディが創業百周年を記念して、ベーゼンドルファーとタッグを組んで特殊なグランドピアノを作った。他にも、ハンガリーのピアニスト、ボガーニがカーボンファイバーを素材とした、近未来的なデザインのピアノを作ったり。そういったものは需要が一部にある」


 喋りながらもサロメはバックチェック調整に入る。弦を叩いたハンマーを正しい位置に戻す部分。ここがズレていたり、消耗していたりするとリバウンドしてしまい、連打がやり辛くなってしまう。細かいが重要なポイント。


 雑な性格とは正反対な、丁寧な整調。感心しつつもレダは次に続く会話を進める。


「プジョーとプレイエルとかもね。それがシンメルにも存在するんだよ。デザインしたルイジ・コラーニ曰く『完全な直線は自然界に存在しない』だそう。イスも一体化していて、世界に数台しかない限定品。エディ・マーフィも購入したとかなんとか」


 携帯でその滑らかな流線形のグランドピアノを表示し、少女に見せる。感嘆の声が上がったのを確認して、なんだか嬉しい。何色かあるらしいが、塗料に高級車のフェラーリと同じものを使っているとの記述も。


 そこでようやく話が見えてきた少女。そういえば、電子ヴァイオリンにもあった。アメリカの企業が、SF映画の武器のようなデザインのものを作っていたのを思い出す。


「……話はわかりました。ですがサロメさんが行きたくないと言っているのに、無理やり連れていくのは——」


「行く」


「……え?」


 あっさりと釣られたサロメに裏切られ、室内に響く少女の声は甲高い。


「そうこなくっちゃ」


 確率でいえば八割くらいで分があった。なのでレダは驚きもしない。たしかに調律師というものは仕事。オンとオフでしっかりと切り替えている。が、オフの状態であったとしても、誘われたら行ってしまうピアノというものはある。


 もちろん、その点はサロメにも当てはまる。仕事以外で調律のことなど、ピアノのことなど考えたくはないが、一生に一度拝めるかどうか、という誘惑には負ける時もある。


「『ペガサス』はレア度でいったら頂点にあるピアノのひとつ。もはや調律とかそんなのどうでもよくなるくらいに。つーわけで。行くわ。いつ?」


 今現在、調律をしているピアノを放り出しかねない勢いで、情報に食らいついた。もちろん、自分がいじれるとは思っていない。そもそも作り自体、フォルテピアノやモダンピアノと根本から違うため、第三のピアノと言っていいほど。しかし隙あらば……!

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