第152話

「ひとりぶんの調律道具が余っている。これを使え。古いが、悪くない」


 サロメはそれを手にすると、目を丸くした。


「——これ」


 覚えがある。昔。記憶の中に。


「ケースはもうボロボロだからな。それは自分で買え」


 流石にお客さんの自宅に持っていくのに、そのままでは申し訳ない。そこは自身の色を出すように。自分のためだけに。


 上目遣いでサロメは社長を見据える。


「……どーも」


 どこか愛おしそうに。まるで何年も会っていなかった友人と再会でもしたかのように、ケースをまじまじと眺めている。


 さてこの話についていけていないのはランベール。古い道具、ケース。どうも社長のものでもなさそう。そしてサロメの反応。


(……一体誰のだ? 昔いた人のものか? ……まぁいい、こいつは色んな意味で要注意だな)


 総合的に見た結論。自分は首を突っ込まないようにしようと決めた。できることをコツコツと。ソファーから立ち上がる。


「それじゃ、査定に行ってきます。終わり次第直帰しますんで」


 アトリエはピアノ販売や調律以外にも、売りに出したいピアノの査定も行っている。様々な項目を考慮し、価格を提示する。立派なピアノ布教活動。


 そんな時間か、とルノーは時計を確認。今日もスケジュール通りに。いつものように。


「わかった、気をつけてな」


「いってらっしゃーい」


 二人に見送られ、アトリエをあとにする。外は暑い、夏本番。夕方になってもまだ気が抜けない。しかし冬でも。春でも秋でも。やることは変わらない。真摯にピアノに向き合うこと。それだけ。なにがあっても、それだけは変わらないでいよう。そう自分の中で再確認し、ランベールは一歩を踏み出した。

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