第150話
「……だそうですけど、どうします?」
一応、ランベールはルノーに相談を持ちかける。まだ調律は未完成。ここで帰っていいものか。
「仕方ない。我々は帰るとするか。調律はひとりでやりたい、っていうヤツも多いしな。それだけ集中したいんだろ」
「はぁ……」
調律師にも様々なタイプがある。ルノーはそう肩を持つが、本音を言うと、ここからどう本人に合わせていくか、ランベールは気になる。ということを、間違っても本人には言えない。負けた気がするから。
ひらひらと手を振りながらサロメは帰宅を促す。
「ほらほら。請求書とかはあとでなんとかしといて」
その辺は面倒なのでやらない。自分がやるのはピアノをいじるだけ。それ以外は誰かがやればいい。
仕方ない、と撤収の準備に入るルノー。必要最低限だがサロメの情報は得ることができたし、細かいことや今後のことは、また後日に打ち合わせる。
「それじゃあプリシラさん。我々はこのへんで。また何かあれば」
「はいはーい。よろしくお願いしまーす」
大きく手を振って、上機嫌のプリシラは別れの挨拶。それよりもピアノ。音がどう生まれ変わったか。早く弾きたい。
「それでは」
最後にランベールがそう伝えると、サロメを残し男二人は帰宅の途につく。
駐車しておいた場所に向かうその道すがら、漏れ出るのは不満。お互いにまだ消化不良の部分がある。
石畳を靴でコツコツと音をさせながら、考え込むルノー。
「……なーんか怪しいな」
あんな風に追い出されるとは。まだハンマーの整音の作業も残っている。細かい部分も。あいつがそんな仕事熱心に最後まで突き詰めてやるだろうか。顎に手を置く。
それにはランベールも同意。
「社長もですか? 荷物持ちまでさせておいて、帰りは自分で持って帰る、ですからね。早く帰らせたい事情でもあったんでしょうか」
ひとつ言えるのは、あったとしてもどうせくだらない理由だということ。なんとなくわかる。あいつは意味のない嘘をつくタイプ。
「だが、調律は一級品だ。あのユニゾンは唯一無二。ショパンなんかが映えるだろうね。まさにネイガウス派のための調律」
調律師それぞれが持つ、自分だけの音。ルノーには非常に心地の良いものだった。倍音の伸びが果てしない。いつまでも聴いていたいほどに優しく包み込まれる。
顔を歪めるランベール。認めたくはないが、それは事実。非常に弾きやすく、星が煌めいていた。
「でもしっかりと問い詰めますよ。あのあと、どんな調律を施したのか。個人的にも気になりますからね」
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