第149話

 ベートーヴェンやバッハなどの音楽の流れを汲むが、リズムが複雑であったり、あえて不協和音を取り入れたりと、第二次世界大戦以降に発達してきた音楽がそれにあたる。


 それらの違いを言葉にする際、専門家などは頻繁に『水平と垂直の違い』という表現の仕方をする。古典音楽は水平、つまりゆったりと感情を伝えて進んでいくのに対し、現代音楽は垂直。突然の不協和音と共に感情が爆発する。それゆえに現代音楽は耳馴染みが悪い、と書かれることも。


「え、まじ?」


 引き攣った笑いを浮かべるプリシラは、目はキョロキョロと男二人を行ったり来たり。マジ? マジでやんの? と確認の意味も込めて。


 もちろん唖然としたのはルノーも同じだが、同時に「なるほど」と筋が通っていることにも気づく。


「……そうきたか。たしかに、一番効率のいい方法かもな。サロメにとっては」


 強い感情を引き出す現代音楽。尚且つこの曲は非常に珍しい特徴を持った曲でもある。


 続いてランベールも一応は納得。あくまで一応なのは、ショパンの系譜を引くネイガウス派が、あまり弾くことはないであろう選曲のため。


「ええ、八八鍵盤全て使う曲、あいつならやりかねませんね」


 しかし問題は、その曲を弾けるかということ。この曲はこの特性ゆえに、知っているピアニストは多い。が、難曲ゆえに練習している人はあまり聞いたことがない。少なくとも自分はひとりも知らない。が。


「ま、やりますかー」


 観念して、と言うわりには朗らかなムードでプリシラは鍵盤に指を置く。調律したてはいつも少しの緊張。指への吸い付きも変わる。自分の音を出せるか。


「え……弾けるん、ですか……?」


 目を丸くしてランベールは確認。生で聴いたことのないあの曲。ゴク、っと喉が鳴った。


 えへへー、と糖度の高そうな笑顔でプリシラは肯定する。


「弾けるよー。現代音楽も専攻してるから、そこそこね。でもよくわかったねぇ、サロメちゃん」


 当人に鼻先までくっつけて問い返す。距離感が近い癖がある模様。


 視線を逸らさず、サロメはその眠そうな目を何度も瞬き。


「あたしくらいになると、その人を見るだけでなんの曲が弾けるかわかるのよ」


 一瞬の迷いもなく嘘を並べる彼女に対し、どうせそっちの部屋に楽譜でもあったのだろうとランベールは予測。真面目に取り合う気もない。


「アホらし……」


 もちろん聞こえているが、サロメは無視して話を進めていく。


「じゃ、よろしくー。あ、あんた達はもう帰っていいわよ。荷物は持って帰るから。こっからはひとりで」


 帰った帰った、と唐突に部屋の外へ追い出そうとする。何もかも自由。気分で未来が変わるし決まる。

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