第147話
気だるそうに受け取ったサロメは、グリッサンドで鍵盤を確認する。
「はいはい。浮きもない。アクションも問題なし。いい感じいい感じ」
棒読みでサロメは謝罪する。まずは弦にフェルトを噛ませ、基音の『ラ』を四四二ヘルツに合わせる。そのままハンマーを握り、ピンを回し鍵盤で検査の音程。そしてすぐに次へ。微修正などは行わない。
普通は『鍵盤を鳴らした後』、少しずつピンを回し最適な箇所を探す。そしてもう一度鍵盤を鳴らし、ということを繰り返し精度を上げていく。だが。
普通の、いや、それ以外ないはずの正攻法の調律からはかけ離れた方法。ルノーの常識の外側。まるで『どこまでピンを回せばいいか、最初からわかっているかのような』調律。少しズレていた音が綺麗に揃っている。
「……まいったな、こりゃ」
冷や汗が流れる。もし本当にこれで調律ができているのなら。もちろん、早ければいいというものではないが、その音色が素晴らしいものであるなら。才能は計り知れないものとなる。
先ほどは「もっとゆっくりやって」と注文をつけていたが、常にのらりくらりとやっているのであろう。真面目にやればこうなる。質も、速さもそこらの調律師とは一線を画す。
自信満々に進めていく姿を見たランベールは、この常識はずれの調律は、音として申し分ないもの、と不思議にも確信している。すでに一度見たから。
(……やっぱりそうか。こいつ、音律が揃う点がピンポイントで『見えて』やがる。そしてわざと鳴らして、俺らへアピールして……!)
本来なら鳴らす必要はないのにも関わらず、「できてますけど?」と挑発気味に聴かせているに違いない。少しずつこいつの性格がわかってきた。
それは正解で、途中からサロメは音を鳴らすことをやめてペースが上がる。そして早々に終わらせると、フェルトを外して、ユニゾンも欠伸しながら整える。それを繰り返し、鍵盤全体を調律し終える。平均律の完成。
「はい、終わり。あとは本人の演奏を聴いて、そこから合わせるしかないわねー」
どのような音を好むのか。癖や特徴、聴き込んで同じ方向を目指す。
やはり腑に落ちないのはルノー。ユニゾンは同じ鍵盤の弦の音を合わせる作業だが、全く同じ音にするわけではない。そうしてしまうと、聴こえの悪い濁った音になってしまう。ゆえに、『どうズラすか』というところが調律師の個性でもあるのだが。
「……どういう感覚だ? 私も長いことやっているが、こんなやり方は初めてだ」
滑らかでザラつきのない音程。シルクで撫でられているかのような心地よいユニゾン。性格からは想像できない細やかさ。
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