第140話

 パリ一六区。高級住宅街として知られる、閑静な場所。オスマン調の建物が立ち並び、落ち着いた雰囲気の漂う区画となる。博物館や美術館も多く、住むだけではなく観光にも適した治安の良さ。


 ブローニュの森という広大な緑地の癒しもあり、ハイブランドの揃う大型のデパートもある。そんな歴史の重みを感じる白を基調としたアパルトマンの三階。


「今日はよろしく! ……って、三人も?」


 元気よくアルミ製の玄関のドアを開けた、白い上下部屋着の女性が目にしたのは、おじさんと男女の若者二人。今日は調律を頼んだわけだが、間違えたか? と腕時計を確認したが、やはり合っている。


 考えていることはなんとなくわかるので、ルノーは先んじて軽く紹介。


「いや、私は運転手。やるのは彼女。彼は荷物持ち」


「荷物持ち……」


 間違っちゃいないんだけど。ランベールは心中穏やかではない。


 まだあどけなさの残る面持ちの少女を、家主であるプリシラ・ハイメは凝視した。眉間に皺が寄る。


「……彼女……?」


 リセに入ったかどうか、くらいに見える。もっと幼いかも。


 なんとなく思考が読め、すかさずサロメは睨み返す。


「なにか文句あるわけ?」


 だが、その反抗的な目は、年相応らしき可愛らしさもある。プリシラは嬉しさが徐々に込み上げてきた。


「いや、ごめんごめん。調律師ってどうしても年齢層高いイメージ、というか、今までそういう人ばっかりだったから。意外だなって。ふふっ。とりあえず入って」


 立ち話もなんだし、と中へ誘導。玄関を抜けて奥へ進む。


 通された部屋にはグランドピアノ。二台くらいは置けそうなほどの大きさの室内には、低く小さな棚や写真立て。小さな窓と、加湿と除湿が一体になった空気清浄機程度で、スッキリとした印象を受ける。


 そのピアノには、階下への振動と反射音を抑える架台。そして響板の下には緩衝材が固定用の脚で支えられ、さらに振動や音を抑制。閉じた天屋根の中では、羊毛で作られた吸音かつ吸湿剤が使用されている。つけたままであれば音はまろやかに、外せばより普段に近い音に。


 ピアノを確認したルノーが説明を開始。


「ちなみに一応、私も調律できる。彼も。でも今日は彼女がウチに来て最初の調律だからね。任せることにした」


 今日の経緯を伝えられると、再度サロメを見つめてプリシラはニンマリ。


「そーなの? ラッキー」


 不安などはなにもない。むしろ面白そう。頼んでよかった。


 とはいえ、淀みなく進んでいることにランベールは驚きを隠せない。色々と追求される覚悟はできていた。


「ラッキー……? その、いいんですか? 本当にできるのか、とか。気になるところは」


 少なくとも自分が彼女の立場なら、不安でしかない。大事なピアノを預けていいのか、と。なんか態度悪いし。偉そうだし。

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