第137話

「おかえり。なにがある?」


「まずは『ありがとうございます』だろ」


「感謝感謝」


 適当に買って戻ったランベールを、空腹のサロメが待ち侘びていた。紙袋をひったくると、ファーブルトンやクグロフといった菓子パンから、黒パンやライ麦パンなど、手にしたものを片っぱしから胃に送り込む。


 とりあえず今は相手の機嫌が良さそうなことを確認したランベール。チャンスとばかりにここで問う。


「で? どこに行くんだ?」


 そんでもってなにをするのか。不安でしかない。それくらいはパンに免じて教えろ。


 クイニーアマンを手に、今まさに口に運ぼうとしていたサロメは一瞬止まる。


「調律。てか、なにも知らないわけ? はー……」


 少し機嫌が悪くなる。もう面倒だし置いていこう。必要もないし。


「なんだよ」


 その態度が若干、ランベールの逆鱗に触れた。朝食まで買ってきたのに。てか、俺のぶん。


 知りすぎることは身を滅ぼす。なのでかいつまんでサロメは説明。


「珍しいピアノの調律依頼がきたってことで呼ばれたの。それに九月からはこっちの学校に移るし。今度、寮への引っ越しも兼ねて」


 指に付着したクリームを舐め取り、少しは満足。さすがパリ。いい店が揃っている。


「二人部屋が基本らしいんだけど、あたしが滑り込んだせいで、ひとりあぶれたらしいのよね。あたしがそのひとり部屋ほしいんだけど」


 聞かれてもいない情報も追加。


 ということはこいつ、今は旅行かなにかか? 家に帰らなかった理由もなんとなく納得したランベール。そもそもないのか、こっちに。家が。


「お前、パリ出身てわけじゃないのか」


 しかし、だとすると社長とはどういった間柄なんだ、という新たな問題。どうして知っていて、なぜ呼び寄せたか。新学期に合わせてパリに来たということだろうが、なぜこいつもここに来た? むしろわからないことが増えた。


「生まれはこっち。パリ出身。育ったのはリヨン」


 ピリッとした空気でサロメは訂正する。生まれた瞬間はパリにいた。つまりパリ出身。


 うん? と、ランベールは首を傾げた。


「いや、でも生まれただけで、育ってるところが違うなら出身地は——」


「パリ出身。わかる?」


 強いこだわりがあるサロメ。パリ出身。つまり大都会・花の都出身。そういうこと。


 パリで生まれ、育ったランベールにはどうでもいい感覚。そこまで有利に働いたこともない。そんなに憧れるものか?


「……いや、わかんねーよ」

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