第135話

 翌日。


「……なんであんたもいんの?」


 薄目を開けたランベールの目に飛び込んできたのは、見知らぬ少女。それと天井。天井は知ってる。


「……ぁ……?」


 どこだここ、いや、たしか昨日はキャトルーズ・ジュイエでアトリエに集まって、そんで……思い出した。たしかサロメとか呼ばれてたヤツ。


「聞いてんだけど」


 朝も早いうちから機嫌が悪いサロメ。なにが目的? と深読み。考えるだけでさらに吐き気。


「……お前こそなんなんだよ……」


 まだ意識のはっきりしない状態でランベールは曖昧に返した。全てひっくるめると、そういうことになる。静かな店内。もうすでに太陽は昇ってきているようだが、時間を確認すると七時前。思ったより寝ていた。


 状況が少しずつ判明してきた。そしてコーヒーのいい香りがする。なにやら勝手にエスプレッソマシンを動かして飲んでいる模様。器用にラテアートまでやっている。しかも立体。


 鼻の頭にフォームドミルクをつけながらサロメはひと口。


「ん、あんたも行くの?」


 右手の親指で拭く。そして舐める。やっぱ立体は楽しいけど飲みづらいから、次はやめておこう、と決心した。形を崩すのにも罪悪感があるし。


「行くってどこに——」


「つか、あんた名前は?」


 ランベールの質問を遮って、サロメは主導して話を進める。答えるメリットもない。知らないなら放置しておく。


 全く話が噛み合わないことに多少の苛立ちは感じるランベールだが、なんかもう面倒なので自分から折れる。


「……ランベール……」


 感情がこもらない。矢継ぎ早に聞かれて、疲れてきた。起きたばっかりなのに。


 何度か名前を口ずさんだサロメは、呼び方を決定する。


「長いからランちゃんね。で? あんたも行くの?」


 それだけははっきりしておきたい。非常に重要。名前よりも。


 行き先など知らないが、なぜだかこいつに聞きたいことがある気がして、ランベールは悩みつつも肯定。


「……行く」


「あっそ。じゃ、道具はあんた持ちね」


「は?」


 そこでランベールは今日イチの大きな声が出た。よくわからないうちにサロメの道具持ちに任命されたらしい。というか、道具? なんのことだ? 行き先どころか内容もわかっていないことにようやく気づいた。


「どういう——」


 ことなんだ? そう言おうとしたところ、また言葉を遮られた。今回は電話。携帯……自分ではない。向かいのソファーから着信音が聞こえる。


 チラッと目の前の男を一瞥したサロメ。ゆったりと電話に出た。


「聞いてないんだけど。もうひとりいんの? つか、いつ来んの? 朝食は? なんかある? エスプレッソ? もう飲んだけど、足りると思う?」

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