第133話

たまらずランベールはハンマーを掴んで止める。


「おい、なにやってんだ。やり方を知らないのか?」


 手当たり次第適当にピンを回しているようにしか見えない。大惨事になる前に一旦落ち着かせる。鍵盤を叩いて確認しながら進めていくのが基本だ。


 しかしサロメはその手を振りほどく。


「なに? 邪魔しないで」


 そして何事もなかったかのように再開。むしろさっきよりもペースを上げる。さっさと終えて寝たい。


 気が気じゃないのはランベール。やってみろ、とは言ったが、メチャクチャにしていいとは言っていない。


「……もう知らん」


 とりあえず好きなようにやらせる。弦を切ったりさえしなければ、あとで自分で再調律して直しておこう。任せた自分がアホだった。隣のピアノのイスに座り、経過を見ていく。


 そして数分後。


「終わり。じゃ、今度こそおやすみ。戻しもやっといて」


 突然調律をやめたかと思うと終了宣言。揺れながらまたもサロメはソファーへ。手だけ振りながらパーテーションの向こうへ行くと、ドサっという音と共に静かになる。


「……」


 残された形のランベールは、しばらく呆然とした。今度こそ自由になった……? 本当に寝た? と確認に行くと、まだ寝てない。


「なに?」


 アイマスク越しに睨まれた気がしたランベールは無言でその場を離れる。


「……なんなんだよマジで……」


 やっとひとりになれた。望んでいた展開。が、どっと疲れが波のように押し寄せてくる。先ほど座っていたイスに戻り、分解されたピアノと蓋などを視野に入れると、ひと息ついてから戻しに取り掛かる。


「……ったく、勘弁してくれよ……」


 が、いかんいかん、と頭を振って怒りという邪念を打ち消す。ダメだ、こんな状態で調律しても、それがピアノに反映されてしまう。明鏡止水。ピアノは自身を写す鏡。静かになった店内で瞑想をして心を落ち着ける。


 ……ふと、先ほど彼女がいじっていたピアノが気になりだす。そしてサロメとかいうヤツ。レダまで名前が知られている、ということは、それなりに業界では知られた存在なのか? 自分は知らなかったけど。


 パーテーション、その先で眠る少女。人の道具を使って、基本もなにもなくただピンをいじっただけ。なにがしたかったんだ?


「……弾いてみるか」


 なんとなく、もう一度。曲は同じで『星はきらめく』。弾きづらかったらすぐ直す。なぜか……緊張してきた。ひと通り戻してイスに座ってみる。確認もしないで終わりて。どんな教育を受けてきたらそうなる。

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