第130話
「俺は休みなんで、店のピアノの調律していきます。今、いい感じなんです」
今日の感覚も忘れないように。リフレッシュされ、気持ちも新たに。明日から、ではなく今から頑張ろう、とランベールは眠気など吹き飛びやる気に満ち溢れる。
それとは対照的に、終わったらドッと疲れが押し寄せてきたルノー。もう横になったら寝てしまう。
「頑張るねー。あんま焦りすぎないようにね」
自分が無事帰れるか心配なほど。限界だが、一応新人は気にかける。
「大丈夫です。限界がきたら寝ます。ソファー借りま——」
と、パーテーションで区切られた、先ほどまで皆で食事をしていた場所。そこに足を踏み入れたランベールは、言葉を途中で遮る。限界がきたら寝させてもらうソファー。柔らかめで、少し寝るには個人的に適していない、褐色のソファー。そこに。
そこに
誰か
すでに寝ている。
「……遅い」
肘掛けの部分を枕にし、目を瞑っていた人物が、怒りを孕んだ声色でイチャモンをつけた。身を起こし、目を擦る。
ボーダーのトップスに黒のタイトスカート、スニーカー。動きやすそうな格好、というのがランベールにとっての、その人物の第一印象。じゃなくて。
「……誰だお前」
店の鍵は店長が掛けていたはず。入り口はそこしかない。壊された、という跡もなかった。ということは、鍵を開けて普通に入ったということ。一瞬、誰かいて驚いたが、まぁ、見るからに……
『女性』
ということで、思ったより落ち着けたが。
「遅いっつってんの。眠いの我慢して来てやってんだから、遊んでんじゃないわよ。ったく、人のこと呼んどいて……それと——」
「待て」
見知らぬ人物にいつ終わるとも思えぬ罵声を浴びせられ、ちょっと整理する時間がランベールは欲しい。今、呼ばれたとか言っていたか? もしや。
「店長の娘か?」
全く似ていないけど。というかさっき否定してたしな。
明らかに嫌そうな顔で、その少女はより怒りのボルテージが増す。
「はぁ? 誰が娘だっつーの。どこに目ェつけてんのアンタ」
「……じゃあ誰なんだよ」
誰かに助けを求めたいランベールだったが、ちょうどそこにレダが合流する。そして少女を確認してひと言。
「あぁ、キミか。噂は聞いてるよ」
と、手を差しだす。
少女はその怪訝そうな顔を変えずに、とりあえずは握手で応じる。が、当然不機嫌なまま。
噂、という単語にランベールは反応した。
「レダさん、知ってるんですか? 誰です、このやかましいの」
同じくらいの年齢だが、やたら偉そうで口が悪くて。あまり関わりたくはないタイプ。
ギリッ、と少女は発言主を睨み付けた。
「いちいち勘に触るヤツ。まぁいいわ、紹介してやって」
そして他人に任せて自身はまたもソファーで横になる。もう面倒。色々と。適当によろしく。
うーん、と悩みつつもレダはとりあえず言われたまま、知っている情報を共有。
「僕も初めて会うんだけどね。彼女は——」
「サロメ。遅いぞ。二一時には来るように言ったろ」
そこにさらに社長のルノーもやってくる。しょうがないヤツ。口では呆れるが、無事到着したようで本当は少し安心。
それを聞き、悪びれずサロメと呼ばれた少女は再度寝に入る。
「そうだっけ? じゃあ間違えた」
伝え方が悪い、と反省はしない。聞こえたかの確認を取らない店側の責任。あたしは悪くない。
なんとなく少し気まずくなりつつも、気を取り直して再度レダは紹介する。聞いていた通りじゃじゃ馬な模様。
「彼女はサロメ・トトゥさん。キミと同じ学年の調律師だ」
「よろしくー」
手をひらひらと振り、サロメは適当に挨拶を終える。
「……」
色々と複雑な心境のランベール。ひとつ言えることは「こいつ嫌い」ということだけ。
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