第129話
だが、そんな不安を一蹴するようにルノーは酒をあおる。
「時間にルーズなヤツだからな。今頃なにか食いながらどっかにいるだろう」
たぶんね。そういうヤツ。食べることが好きだし、今日は遅くまでお店もやってるし。誘惑に負けたが九分九厘。
誰だか知らないが、変に水を差されたくない。この空気感を大事にしたいランベール。
「そんな適当なヤツ無視しましょう。店長の娘さん?」
いるとは以前聞いたけど、そんなひとりで街を闊歩できる年齢だったっけ? と悩みながらも質問。
とはいえ、それでもやはり嫌な予感がしないでもないロジェは、表情を歪める。
「いや、そういうわけじゃないんだけど……まぁ、到着してから紹介するよ」
無事到着することを祈って。できれば早く。誰も気にしていないのが怖い。
普段なら迎えに行ったほうがいいのだが、外の賑やかさを鑑みると必要なさそうに思える。人気のないところを来るほど頭の悪いやつでもないし、とルノーは意を決する。
「だな。花火でも見に行くか」
店の外に出ると、どことなく人々は上を向いて歩いている。そろそろ始まる、何度でもやはり気持ちが昂るランベール。そして——
徐々に明るさを増していくエッフェル塔のトリコロール。ドンッ、という最初の衝撃と、こちらもトリコロールに夜空に輝く花。
ワッ、とそこら中で歓声が上がる。拍手をする人も。建物に少し隠れてしまっており、離れた場所ではあるが、それでも足を止めて見る人が多数。
「七月、って感じしますね。夏はやっぱりこれです」
欲を言うならもうちょっと近くで。ランベールは目に飛び込む三色と黒をしっかりと目に焼き付ける。
今日は革命記念日。フランス共和国の誕生。重要な日。レダもしんみりと、ダイナミックに打ち上げられる花火を鑑賞する。
「そうだね。この三〇分のために毎年生きている気がするよ」
酒は今日が一番美味い。
プロジェクションマッピングなどを駆使し、ピークまで駆け上がっていく。この日は色々ある。パリ中の消防署はダンスパーティー会場へと様変わりし、ルーブル美術館は無料、セーヌ川のクルーズ船は大繁盛し、一部地下鉄は閉鎖。濃厚な一日だ。
そうこうしているうちにブーケ・フィナルと呼ばれる最後の迫力のある花火。残ったものを全て打ち尽くすような、圧倒的な火力。この日一番の絶叫がしばらく続いたあと、闇と少々の煙だけが残る空。少しずつ、日常に戻っていく人々。
余韻に浸りながらもロジェが手を叩いて締めくくる。
「……じゃあ戻ろうか。明日も仕事あるし」
また一年後。輝きの残るエッフェル塔に誓いを立てて、アトリエのドアを開いた。全員でぞろぞろとソファーへ向かう。片付けをしよう。
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