第126話

 次回のスケジュールを打ち合わせたランベールは、まだまだ夏場は明るい夜のパリの街を歩き、アトリエに到着。閉店時間だが、電気はそのまま。そしていつものソファーにとある人物。


「珍しいですね。レダさんがいるなんて。本業はいいんですか?」


 隅に立てかけるようにキャリーケースを置き、その人物の対面に座る。ほんの少しだけ緊張。というのも、調律師としての憧れはこの人。あまり勉強させてもらう機会がないが、追いかける背中はここにあるというのが、なんだか嬉しい。


 ラフに紺のセットアップスーツを着こなし、レダと呼ばれた男はウイスキーグラスを揺らして見せた。


「やぁ、久しぶり。今日は用事があるってことらしいんでね。先にいただいてるよ」


 もうすでにだいぶ。だが酔うこともなく、飄々としながら喉を鳴らす。


「いや、俺は飲めませんから。用事?」


 まぁ、今日はパリの街自体がそういう日だ。シャンゼリゼ通りからコンコルド広場まで、朝から大忙しの一日。こういった飲みも大人になったら用事になるのだろう、とランベールはひとまず納得。


 本業を投げ捨て、酒を目掛けてレダはアトリエまでやってきた。なので飲んでいる。それだけ。


「今日くらいは早く上がってもいいだろう。で、どうだい? 最近は」


 話題は仕事に。調律師はじわりじわりと世界的に平均年齢が上がってきている。というのも中々若い世代の数が増えず、年を経る熟練者がどうしても引き上げていってしまう。


 最近。新しいことだらけで色々ありすぎるランベールだが、聞いてほしいことは山ほどある。


「そうですね、困っていることといえば——」


「そろそろ時間だ。やはりこれを観てこそ、って感じだよな。んじゃ、画面に出すぞ」


 今日の一連の内容について、新人が相談しかけたところを、大胆にルノーが遮る。仕事? 今はそんなことをしている場合ではない。なんの日だと思っている。


 タブレット端末に映るもの。それはエッフェル塔の麓であるシャン・ド・マルスにて行われているコンサート。世界各国からミュージシャンが呼ばれ、盛り上がりを見せる一大イベント。フランス国立管弦楽団や、ラジオ・フランス・メトリーズの児童合唱団などが毎年のように共演し、二一時過ぎからの約九〇分間を彩る。


 これぞまさにフランス、というような華やかで眩い時間。


 控え室でもある奥の部屋から、店長であるロジェ・アルトーがワインやビールの瓶を持ち寄ってきた。


「お酒もまだまだあるよ。レダくんも遠慮しないでね」


 自分も今日くらいは無礼講。仕事も明日以降に持ち越し。いつもはスーツできっちりと決めているが、今はもうデニムとシャツのラフな格好に。

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