第105話

「……は?」


 ランベールは耳を疑った。いや、ユーリも。プリモ? どういうこと? プリモって、え? 『モデル1』と『クイーン・ヴィクトリア』を合わせる、ということ?


 立ちすくむランベールに、サロメは発破をかける。


「ほら、なにしてんの? 早く。そっちもこっちも整調は終わってるから、ユニゾン合わせるわよ」


「いや、ちょっと待て!」


 悩みを打ち消すがごとく、ランベールは叫ばずにはいられなかった。


「お前、まさかこの二台の調律を合わせて、ピアノ・デュオにするつもりか……?」


「そうよ」


 当たり前、というようなトーンで、サロメはあっさりと認めた。


「……嘘だろ……」


 今日の仕事内容を把握し、ランベールは身悶える。来るんじゃなかった、と。


 ピアノ・デュオ。二台ピアノは、プリモとセコンドでそれぞれ高音部、低音部を分けて弾く手法である。数は多くないが、モーツァルトやショパンなどの作曲家達が、専用の曲を作っている。一台で完結する調律とは違い、プリモに合わせて調律するため、セコンドとなるピアノの調律難易度はハネ上がる。


「あたしがセコンドなんだからいいでしょ。はい、さっさと位置につく」


「待て。説明しろ」


 空気を読まずに、無視して作業を進めようとするサロメを、ユーリはついに引き止める。事態が全く頭に追いついてこない。


「それはお母さんから説明してもらったら?」


 おそらく自分がなにを言っても、理解しようとしないだろう。そうサロメは読み、違う手で攻める。そのためにも呼んである。


 言われ、振り向いたユーリに、ヴェロニカは思いを馳せた。


「もう私の背中を追うのはやめなさい。これは、最後のレッスンです」


 本当は追いかけてほしい。ずっとそうしてきた。調律を教え、ピアノの弾き方を教えた。だが、それが全て、枷になっていることはわかっていながら、甘えてしまった、これは自分への罰。


 ユーリも気づいている。自分の音、という名目だが、本当は母の望む音であることを。違和感を感じながらも、その音に調律を施してきたことを。母に喜んでもらうためにピアノを続けてきたことを。


「はいはい、そういうのは後でやってね。あたしらは調律するだけだから。はい、基音の『ラ』から。よろしく」


「……お前、空気読め」


 全て薙ぎ払いながら自分のペースを保つサロメに、ランベールは呆けつつも、やるしかないと調律に入る。だが、フルコンとセミフルコン。大きさが違う。大きさが違うということは、音の『飛び方』も変わってくるため、唸りが発生しやすい。となると、ただでさえ難しいセコンドの調律は、さらに難しくなる。


「っていう解説は……お前には通用しないんだよな……」

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