第97話

 サロメが出て行ってから一時間ほど経った大広間。とりあえず鍵盤の浮きなどのチェック、ひと通りの整調を終えたランベールが、調律に取り掛かろうとしたその時。


 ふと、大広間のドアが開き、ややこしい人間が戻ってくる。


「ちゃんとやってる?」


 ツカツカと、みなの注目を集めながら、キャリーケースを引いたサロメはピアノに近づく。


 渋い顔をしたランベールは、さらに眉を顰めた。


「お前、どこいってたんだ。とりあえずこの部屋用の調律はしておくけど、気が変わったんなら自分で——」


「気が変わった。この調律はあたしがやる」


 勝手に出て行ったのだが、戻ってきてからもやりたいように振る舞う。


 いつも通りなのだが、ランベールはどこか腑に落ちない。


「……どういう風の吹き回しだ?」


 その問いには答えず、サロメはひとつ提案。


「あっ、今日泊まるから。おじさん、部屋適当に借りられる?」


 貿易会社の社長をおじさんと呼び、勝手に家に宿泊する。憧れの貴族の生活。服とかは、よくわからないけど貴族はなにを着るのだろうか。


 面を食らったカリムは、勢いに押される形ではあるが許可する。


「あ、あぁ。かまわんが……」


「おい、聞いてないぞ」


 いつもどおり、サロメの振る舞いにランベールは不満を吐く。


 だが、こちらもいつも通り。サロメは場をかき乱す。


「さっき考えついた。あんたは帰っていいわ。本番は明日だから、また明日来て。許可はもうとってある。いいでしょ、おじさん」


 そう伝えてカリムのほうを振り向くと、精悍な顔つきで考え込んでいる。


「……詳しく聞かせてもらえるかね?」


 色々と説明が足りていない。なにか考えがあるようだが、この若い調律師の考えが読めないでいる。むしろ、この場にいるランベールもユーリもわかっていない。


 全ての計画はサロメの頭の中にある。


「いいけど、おじさんには早急にやってもらいたいことがあるから、ちょっと」


 と、カリムを外に連れ出し、打ち合わせへ。


 取り残されたユーリは、唖然としながらランベールに視線を投げる。


「……あいつはいつも、あぁなのか」


 あいつ、とは当然サロメのこと。言わなくても伝わる。


 しかし、問われたランベールはケロっとして、ペースは崩さない。整調の最後の仕上げに取り掛かる。


「まぁそうですね。こっちの都合はおかまいなしです。明日が日曜でよかった。学校もないし」


 むしろ揉め事になっていないぶん、どちらかといえば今回は、いい時のサロメかもしれない。すでに感覚が麻痺している。揉めなかったらよくできているとは。


 なんとなくランベールの苦労を想像して、ユーリは頭を抱える。


「……すまない。いや、あいつが勝手にやっているんだから、謝られるのは僕のほうか……? いや、どちらでもいい」


 少し混乱してきた。なにが正しくてなにが間違っているのか。

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