第88話
しかし、カリムの腹は決まっている。
「問題ない。やれるだけのことをやってダメなら、この子も諦めがつくだろう。だからこそ、文句のつけようのない、最高の環境を用意してあげたい」
そのために親はいる、とでも言うかのように、バックアップの準備はできていた。あとは本人の意志。
今のままでは勝てない、ということはわかりつつも、それでもやはり迷うところがユーリにはある。だが、無言である、ということは、それを受け止めるということにも繋がる。感謝はしつつも、悔しさが残る。
その感情をカリムも感じ取る。だが、ここは後で恨まれたとしても、曲げずに実行する時。
「というわけで、このピアノをお願いしたい。愚息が迷惑をおかけした。申し訳ない。改めてよろしく頼む。このブリュートナーを、本当の姿に導いてほしい」
「いやよ」
……場が再度、凍りつく。
一刀両断したのは当然サロメ。ヤダ、と断りを入れた。やりたくない、と。
「……は?」
冷静に、をモットーにしているカリムも高い声で唖然とする。いや、どう考えても受け付ける流れであった。
若干怒りを交えながら、サロメはその理由に声を張り上げる。
「なんであたしが、この家の円満のために一肌脱がなきゃいけないのよ。今日はもうオフ。ついでに屋敷内を散策してこよう」
荷物を持ち、この場から退散しようとする。
それをランベールが引き止める。
「さっき、嫌いじゃない、とか言ってなかったか?」
嫌いじゃない、ということは、前向きに検討する、という意味に繋がると思っていた。しかし、どうやらそんなものはコイツには通用しないかもしれない、と自身の常識を疑い出す。
はぁ? と、睨むようにサロメは抵抗する。
「マイナス一〇〇点がマイナス九五点になった程度よ。やる理由になんないわ。それじゃ」
振り払い、そそくさと広間から消え去る。
「おい!」
という、ランベールの呼びかけも虚しく、どこかへ。ひどい状況だ。残されたのは男三人。
「すみません、自分のほうで担当させていただきます。あいつのことは忘れてください」
呆気に取られたのは息子も同じ。なにもかも予想できない。
「……なんなんだこいつらは……」
こいつ『ら』。それに対してランベールは、少し違和感を抱いた。
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