第83話
予想通りのランベールの反応。そしてサロメは次の指示に移る。
「じゃ、もう一回。今度はランちゃん、部屋の端っこに移動して」
出入り口のドアのほうを指差す。ピアノからの距離は一五メートル以上。先ほどとは違い、かなり遠い。
「なんなんだよこれ」
いいように動かされている現状に、少しランベールはご立腹。結論が出ているなら、自分で全部やればいいのに。
「いいから。早く」
映画監督でもあるかのように、サロメはこの場を仕切る。当然、ランベールの思惑の通り、答えは出ている。が、あえて他の人間にやらせる。
だが、それに対してユーリが異議を唱えた。
「なんで二度も弾かなければならない。プロだと言うなら一度で充分だろう」
このくだらない遊戯に付き合う時間がもったいない。こんなことをやるくらいなら、譜面でも読み込んでいるほうがはるかに有意義。
だが、ニヤニヤしながらサロメは言い切る。
「審査員はあたしじゃなくて、アマチュアの彼。てなわけでごめんねぇ、もっかいやって」
「俺もプロだぞ……一応」
一応、とランベールが付け足したのは、まだ自分の未熟さゆえ。冷静に捉える。
「ふん」
距離が違うと聴こえ方が違うことくらいわかっている。コンクールは特に、観客席に審査員はいる。このブリュートナーなら。そんな想いを秘め、ユーリは再度『白鳥の湖』を弾く。
だが、ユーリは鍵盤に目を向けているため気づかない。明らかにランベールの表情が違っていることに。弾き終わり、再度ランベールに向き合う。
「どうだ」
調律師といっても、審査という点では素人。どうせまた曖昧に言葉を濁すに違いない。そう推測した。だが。
少し苦々しい表情をランベールは浮かべると、はっきりと断定する。
「これでは無理ですね。あまりにも弱い」
「そうそう」
首謀者のサロメも同調する。
これを受け、罵られたユーリは激昂する。
「な……! アマチュアが僕の演奏に口を出すのか!」
本来ならお客様、ということでやんわりと受け止めるべきなのだが、音に関してランベールは、自分に出来る範囲での妥協はしない。
「演奏はともかくとして、あまりにも調律が悪い。近くで聴いた時はさほどでもなかったのですが、離れると顕著です。コンクールの審査員は横にいるわけではないですからね」
厳しい口調だが、事実。示唆するくらいなら、本音でぶつかるフランス人。ダメなところはダメと、プロなら言える。
「むぅ……」
正直いうと、カリムにはそれほどまでにはわからない。自分はピアノを弾けないし、弾けるだけ自分の息子に誇らしく思う。だが、それではダメだと。唸るしかできない。
予想の範囲内での出来事すぎて、サロメは眠くなる。
「だーから言ったのよ、甘いって。本気のブリュートナーだったら、ここにいる全員、感動で涙流してるわよ」
欠伸をして帰り支度。チャイコフスキーだろうがジュネーヴだろうが好きにしてくれ。泥舟で沈むがいい。
「……なにがダメだというんだ……!」
奥歯を噛み締めてユーリは意見を求める。悔しいが、足りないものがあると感じていたのは事実。それを素人に見極められるとは。だが、なにが足りない?
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