第59話

 教会は、音楽に始まり音楽に終わる、と言われるほどに結びついており、ノートルダム大聖堂のパイプオルガンなどは特に有名である。その他にも、最大級の大きさを誇るサン・ユスタッシュ教会や、サン・テティエンヌデュモン教会など、パリの街中の教会には必ずパイプオルガンが存在する。入口、つまりファサードを入り、背面を見上げる。そこには圧倒されるような迫力のそれが待ち構える。


「教会での調律はやったことあったっけ?」


 九区にあるサントメシエ教会へ向かう道すがら、調律道具のキャリーケースをゴロゴロと転がしながら、社長のルノーはサロメに問いかける。最近のこの子はなにか怪しい、従業員全員が感じていることではあるが、ならここは長である自分が調査しようと、同伴で調律現場へ向かう。


「ないです。教会といえばパイプオルガンが多いってのもあるから。あれはあれで別物なので」


 いつもなら尊大に返すサロメだが、いやに恭しい。なにか隠しているかのように、社長にも本心を見せない。今日はそもそも違う自宅のアップライトピアノの調律だったが、ルノーに連れられ、教会ピアノの調律へ。


 あまりこういったエンターテイメント性のありそうなピアノの調律はお断りしたいのだが、半ば無理やり。教会といえばパイプオルガンだが、あれは調律が全く違うため、ピアノの調律は役に立たない。


「ノエル付近は、教会でピアノリサイタルみたいの多いですからね」


 一二月のノエル、つまりクリスマスの時期になると、パリだけでも数多く存在する教会は、大半がピアノやその他楽器のリサイタルを催す。大小問わず、もちろんパリ以外の地方であっても行うのだが、地方であればあるほど、調律の行き届いていないピアノで、さらにピアニストに調律までさせようとするところまである。しかも到着してから知らされる。


「というか、そのキャラまだ続けるの?」


 背筋がぞわぞわする感覚に嫌気がさし、ルノーははっきりと聞いてしまう。正直、なにか企んでいるとしか思えない。


 ハッ、と一笑に付してサロメは軽く流す。


「キャラとかやめてください。元々こういう性格です」


 失礼しちゃいますね、とあくまで態度を崩さない。


 とりあえずサロメがおかしいのはおいといて、ルノーは話を戻す。


「パイプオルガンは響かせて厳粛で厳かな雰囲気出すからね。しかも両足浮かせて弾くから、腹筋が必要になってくる。たしかに全く別物だ。しかも教会といえば、コンサートホールと一番違うのは——」


「残響ですね。数倍は響くようになっている」


 鋭くサロメは介入する。おそらく、調律師やピアニストにとって頭が痛いところだ。


 無言でルノーも肯定する。


「そう。ピアノは一から二秒の間が残響で望ましいとされているが、教会の場合、最低でも三秒は残響が残る。場所によっては一〇秒以上というところも」


 そうなると、全くもって勝手が変わってきてしまう。音の雑味も広がりやすい。環境に合わせてピアノを調律するのが調律師だが、残響は一番の難敵といえるかもしれない。

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