第57話

「いや、それが普通なんですって」


 むしろ、顧客の注文つけて拒否してやりたいやつだけやる、というのが容認されてること自体おかしいと、早くこの人は気づくべきだ。心の中でランベールは追加でツッコミを入れた。


「心配だね、いや、喜ぶべきなのかもしれないけど、僕は心配だよぉ」


「自分とかがいない間ですか、てことは古書店でなにかあったんですか?」


 ランスに行っており、その間は店には顔を出さなかった期間になにかあったと睨んだランベールは、その顛末が気になる。特殊な調律ではあるが、そんな心変わりするようななにがあるのか。あの図太い女が心変わりするようななにかが。


「どうも調律に失敗しちゃったみたいでね。いや、調律自体はちゃんとできてたんだけど、途中でできなくなっちゃったみたいで」


 なんとも歯に物が挟まったような、微妙な言い回しをロジェはしてくる。つまりは倒れたってことか、とランベールは推測した。体調管理もプロの仕事だ。


「それで、どうなったんですか?」


 しかし、その後は気になる。店長が駆けつけたのだろうか。お店はどうしたんだろうか、と一歩先をランベールは想定した。


「ちょうど電話がお店から来た時、レダ君がいてね、行ってもらったんだ。本当に数ヶ月に一回の偶然が噛み合ってよかったよ」


 五人目の調律師、レダ・ゲンスブール。本業が他にあるため、中々アトリエには顔を出さないが、来たら来たでコンサートピアノや、プロのピアニストの調律も行うらしい。いつもぬぼーっとした雰囲気を纏っているが、ランベールは頼りにしている先輩だ。もう少し協調性を持ってほしいが。ということは、


「じゃあレダさんが調律終わらせたんですね? 成功じゃないですか。結果的にできたなら、それは成功でしょう。自分ひとりでやってるんじゃないんだから」


 さー、外回りの調律だー、と外出の準備をする。自分用である、ホクタンのキャリーケースの中身のチェック。チューニングハンマーよし、ピッカーも板ヤスリも。そしてなぜかアイツ用のチューニングハンマーがひとつ入っている。同行するとき、アイツは自分の道具を持ってこない。こうなっているから。


「まぁ、そうなんだけどね。彼女にとってはなにかあったんじゃないかな」


 まだロジェの心配は尽きないようである。


 自分のではないチューニングハンマーを握り、


「なんて面倒なやつ」


 と、ランベールは小さく呟いた。

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