第54話
「まぁ……そうなんだけど、彼女は特にセンスがあるし、色々とこの業界の型破りなところに期待してたからね。なにか新しい風を吹かせてくれるっていう」
年々、調律師という職人は減少の一途を辿っている。さらに高齢化が進み、年を重ねるにつれ高音が聴こえにくくなるという身体的構造も踏まえ、かなり危惧されていることでもある。理由としては、電子ピアノの普及が大きい。調律不要なことに加え、アパートやマンションなど暮らす家族も増え、電子ピアノ技術の発展も加わり、家庭では主流となってきている。
とはいえ、やはりタッチや響きなどは電子音で生ピアノに敵うはずもなく、需要が下がっているわけではない。むしろ、今までピアニストといえばヨーロッパ、という考えもあらためられるほど、アジアやアフリカから実力のあるピアニストが生まれてきている。数百年続くピアノの歴史で、大きな変動が起きている時代と言えるだろう。
「まぁ、たしかに色々と新しいですけど、別に変わった方向がいい方向なら、それでいいじゃないですか。腕はある、仕事はちゃんとする、お客さんに迷惑かけない。充分でしょ」
なにより、あいつが起こすトラブルに巻き込まれるのはコリゴリだった。特に、有名な配信者が、全世界に発信する生放送で、その配信者にケンカを売るという事態にまで発展した。その時はなんとか収拾がついたのだが。心臓の鼓動の回数は一生で決まっているという。その際は相当な数を持っていかれた。
そう考えると、丸くなったのはいいこと以外のなにものでもない。むしろお店にとってもいいことだろう、なにを悩んでいるんだとランベールは疑問を持った。
「それなんだけど……」
「なにか問題でも?」
「店のピアノをちょっと何台か見てほしいんだ」
「?」
と、気落ちしたロジェに促され、ランベールは近くにあったカワイのアップライトピアノの鍵盤蓋を開く。一見してなにも問題はない。鍵盤を叩いてみる。澄んだ濁りのない、水の波紋が広がるように響くいい音だ。ガタツキも、レスポンスも上々。非常にいいピアノだと、太鼓判を押して販売できる品。
「別に普通じゃないですか? むしろ、よく調律されてる。力強くて伸びがある。ピンポイントで打弦できる」
「こっちも」
と、また違う一台でロジェは鍵盤蓋を開ける。なにか思い詰めたような、暗色含んだ面持ちだ。
指定されたディアパソンのアップライトピアノ。疑問に思いながらもランベールはこちらも試弾してみる。ちなみに『エリーゼのために』くらいであれば弾ける。
「? こっちも普通に力強くて伸びがあって……」
と、そこで気づく。もしや、と勘づき、他にも数台試弾してみる。
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