第45話
一応、あくまで古書店であるため、そういう使い方をする地元の人々もいるだろう。そういった人達はどう思っているのだろうか。気になるところではある。あたしは言われた通りのことをやるだけなんだけども。応援・賞賛はあたしまで。クレームはマチューまで。
「ま、あたしって天才だし? 期待以上に応えちゃうのよね」
休憩前に終わらせたアクションをもう一度引き出して、サロメは腕組みして凝視する。そしてニカっと笑い、
「よっし! アクションもう一度見直し!」
妥協したところはないか、やろうと思えばいくらでも整調はできるのだが、やりすぎもアクションの寿命を縮めるため、サロメもギリギリのラインで止める。
「ハンマーフェルトは、やりすぎるとキンキンした音になっちゃうのよね。柔らかく、それでいて倍音しすぎない極限のハンマー」
アクションにこだわるだけではなく、弦を叩くハンマーにもこだわらなければならない。普通であれば音量を多く出せて倍音となるようにハンマーはキレイな卵型にするわけだが、そうではなく、出来るだけ弦との触れる面積を抑えるよう鋭角に、しかし度が過ぎると柔らかな音が消えてしまう。こちらもギリギリのラインを攻めるしかない。
「給料上乗せしてもらわないと、割に合わないわ。ったく」
たぶん一番難しい依頼なんだから、とサロメは心の中でグチを言いつつ、
「ふふっ」
少し嬉しさもある。期待してもらえることと、ピアノを通じて人々が繋がること。言語も人種も超えて同じ音を感じる。これがあたしの目指していたことなのかもしれない。だが、その前にやらなければならないことがある。
「ふぅ……」
四四二ヘルツの音叉を取り出し、叩いて基音のラと合わせる。いつも通りの割り振りからのオクターブだが、いつもと勝手が違う。雑音が紛れ込んでくる。
(こういう時は素直に周波数チェッカー使った方がいいのかね……持って来ればよかった)
常に自分の感覚でオクターブを割り振っていたことと、外すことがないという自信から、サロメは携帯していなかった。そういえば体調が悪いときとかは使えってあの人言ってたっけ……と、かすかに思い出す。帰ったらすぐキャリーケースに入れよう。
雑音にまみれた場所で割り振るだけで、相当に体力を消費する。聴こえすぎていることがここまで影響あるとは。オクターブを割り振り終わった時にはクラクラとしてきた。
ここからさらに調律が始まる。
いつもなら音を出す前に、なんとなくチューニングピンをどこまで張ればいいかわかる。『見える』のだ。しかし。
(ポイントが見えない……音を頼りにすれば……)
しかし音に頼ることは、雑音も一緒に耳に入ってくるということ。吐きそうになるほどの音の奔流。なにも見えない暗闇で、濁った音の中の一点を探す。
(ユニゾンの奥の奥にある一点、それを……見つける!)
「ふぅぅ……」
(次!)
「ふぅぅ……」
(次!)
「……ふぅー……ふぅー……!」
(次!)
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