第42話
水曜日。
「こんにちはー、お願いしまっす」
先週帰った時は疲れてそのまま寝てしまったが、その後体力も回復して、数日後の今日。五区で有名なケーキ屋でミルフィーユを食べてから来たので、サロメの気分はよい。なんだったのだろうか、と不思議だったが、とりあえず長引くものではなかったと胸を撫で下ろした。
「よく来てくれた。よろしくね。これ、オニオングラタンスープとガレット。メニューにはないんだけどね」
出迎えるなり、カフェの厨房からマチューが両手に料理を持って出てくる。なんとなくこの子はこういうことになるんだろう、と先週学習していた。
「ありがとうございまーす! お腹空いてたんですよ、唯一の休みなのにすいません」
水曜日は午前中のみお店は営業をする。フランスでは珍しいが、日曜日もこの店が営業しているのは観光客が多いため。『日曜日は家族と家で過ごすもの』という風習が染み付いており、博物館などを除けば、駅近郊の店や政府が認めた店、ショッピングモールがちらほら、くらいしかやっていない。ちなみに、パン屋は近隣の店同士で話し合い、絶対にどこかの店は開いている。
「こっちこそ、お店の休業時間に合わせてもらってごめんね。じゃあ、僕は少し出てくるけど、ゆっくりしていって。ほら、これも休憩に食べて。トースターは使っていいから」
「クロックムッシュ! ありがとうございます!」
と、ランチ以外におやつもいただき、とりあえずサロメは今日の予定を再確認。整調して調律を数回、できれば整音も。特に、このピアノほどの力強さとしなやかさを併せ持つピアノともなると、調律は場に馴染ませることも含めて最低でも三回。後日また来ることにもなるだろう。
「それにしても……」
先週も思ったことだが、もし火災でも起きたら大変なことなる本の量だ。そういう法律は守られているのかが気になってしまう。静寂に包まれる中、先週はちゃんと見られなかったこともあり、店内をサロメは散策してみる。本に興味があるわけではないのだが、お店自体に興味はある。ピアノがあるくらいだ、他になにか気になるものもあるかも知れない。
「本以外にも写真集とか、有名人のサインやら写真やら。だれのTシャツ? これ」
有名なバンドマンらしき人のようだが、さっぱりサロメは知らない。ポリーニとかアルゲリッチだったら欲しかった。
さらに、観光地ということもあり、オリジナルグッズも販売している。商魂逞しいというか、しかし需要もあるのだから狙いは正しいのだろう。
「Tシャツにマグカップにトートバッグに……さすが観光名所。なんでもやるねぇ」
二階まで行って堪能し、ピアノのもとへ戻ってくると、不思議とこの店に馴染んでいるようにも思える。慣れとは怖いものだ。
最高のピアノと、それを調律する自分。サロメは気合を入れ直す。
「頑張らなきゃね……」
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