第38話
「まぁ、ゆったり落ち着いて、と言っても、みんな書店としてというよりは、観光地として来てくれてるところが大きいだろうから、あまり気にしなくてもいいのかな」
たしかに、みんなそれぞれ友人達と喋りながら写真を撮ったり、店主と喋ってみたいという人も多いお店だ。マチューの意見も尤もだろう。しかし店の奥から唐突にベートーヴェンの『運命』などが大音量で聴こえてきたら驚く者も多いはずだ。
「とはいえ、一応書店ですからねぇ、中々気が引けますわ。ま、やってみますか」
「頼むよ」
ほいほーい、と軽い返事をし、浅い深呼吸をしてサロメは調律師スイッチを入れる。抹茶スイーツはしばらく忘れる。
(音もアクションもめちゃくちゃだけど、温度や湿度がある程度一定だったからか、ほったらかしだった割にはマシなほうか。とはいえ、この静かな中で掃除機かけるのもなー。他に音が出る作業も多いし、今日は見積もりと整音だけにしとくか。しかしそれ以上に問題なのは……)
「どうだい? いけそう?」
「時間はかかりますが、なんとかなりそうです。どっか閉店した時間帯でやらせてもらいたいですね」
やはり営業中は人が気になる。見られるのは構わないのだが、サロメには落ち着いて取り組みたい理由がある。
「なら水曜は午前営業のみだから、午後からお願いできるかな? あ、でも学生さんか。大丈夫?」
「学校からの許可は取っているので大丈夫ですけど、ちょっと気になることがあるなーと」
「なんだい? 手伝えることかな?」
と、マチューが腕まくりをする。
すると、基音のラの鍵盤を押したサロメが、ビリっと一瞬苦い顔をする。
「『共鳴雑音』です」
「なんだいそりゃ? 雑音?」
聞きなれない単語に、ピアノ素人のマチューは腕組みをして唸る。たしかに色んな音はするだろうが、共鳴という単語が気になる。
「ピアノが出した音に共鳴して、震えてジリジリとかビーンとか音が出ちゃうやつなんですよ。例えば、ネジの緩みであったり、金属のものが近くにあったりとか、それこそありすぎてわけわかんない感じで」
調律師が自宅のピアノを調律するときに、まず最初にすること。それが共鳴雑音を取り除くことだ。ノイズとなり、些細な音を頼りに調律する際には、邪魔となってしまう。アップライトピアノなどでは、上に物を置く人が多いが、それが原因になることも多いのだ。
「なるほど、たしかにここには文字通り山のような本があるからね。本があるなら本棚もあるし、本棚があるならネジもある。過去に来てくれた有名人の写真の額縁なんかもあるからね」
まいったなー、と頭をかきながらマチューは悩む。本に囲まれながら弾くというのがこの店のオリジナリティであり、差別化できる点だと思っていたが、そんな弱点があるとは。やっぱり難しいのか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます