第19話

「? なんですか?」


 早くこのミーティングを終わらせて仕事に取り掛かりたいサロメは、若干口調から怒気を感じる。彼は優しくて親身になって相談できる人だが、優柔不断がよろしくない。言いたいことがあるなら言えばいい。言われたことは拒否するけど。


「先方からの指名でね、サロメちゃんがいいなー、なんて」


 上目遣いにロジェは対象のサロメの機嫌をうかがう。あれだけ拒否していたのだから、本当は言いづらいのだが、そうも言ってられないのが雇われ店長。おそるおそる表情を覗いてみる。


 すると呆れたような、怒りのような表情でサロメが見返してきていた。眼力でロジェが石化しそうだ。


「ごめん!」


「理由を伺いましょうか……!」


 なぜか拳をポキポキ鳴らし出したサロメに対して、無表情を貫くランベールは煽り出す。なんだ、じゃあ最初から自分には関係ない話だったのか、と少し安堵。


「わー、羨ましいなー、固定ファンがつくなんて」


「棒読みで言ってんじゃないっつの」


 またも火薬庫に火がつけられかねない空気だったが、今回は自分が先に大人になってやろう、とすぐに前を向き直してサロメは意見を述べた。


「ともかく指名する権利があるなら、拒否する権利もあるはずです。行きません」


「行けよ」


「あ?」


 三度、二人のケンカが始まるかというところで、乱入者の影。


「そーだぞ、行ってこい」


「社長!」


 ランベールと諍いが起きそうなところに、机で他の作業をしていた、ヒゲの似合う社長のルノーが割り込む。業を煮やし、ロジェじゃどうにも、このじゃじゃ馬を扱いきれないと思ったのか、助け船を出す。


 一瞬にしてロジェの顔に色が戻ってくる。


 ニンマリとルノーは笑顔を、「マジで言ってんの、このヒゲのおっさん」という声が聞こえてきそうな渋い顔のサロメに向ける。


「ワシ雇い主、あなた雇われ」


 顔色ひとつ変えず、


「ストライキって有効ですよね?」


 最終手段を提起してくるサロメに対して、ルノーは右手で制する。


「ま、待て待て。それにメリットもあるぞ」


「なに? 聞く感じデメリットしかないんだけど」


 もはや社長に対しても対等になってきている雇われ女子。行きたくないという気持ちがどんどん滲み出てきている。


 白く蓄えられたヒゲの下で、悪人のよくするタイプの笑みをルノーは浮かべた。


「エラール『No.0』、これでわかるか?」


 小さく「あ」というランベールの声が聞こえる。ひとつ咳払いし、


「俺だったら寄付した人間、正気になるまで殴りますね」


 と、中々に怖いことを真顔で言い出す。だが、それだけ失望の意味が込められている。

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