第18話

「ということで、ストリートピアノの調律の依頼が舞い込んできました」


「断る」


「断りますね」


 パリ三区にあるピアノ専門店、アトリエ・ルピアノの雇われ店長ロジェ・アルトーの店内での重大発表は、アルバイトであるはずのサロメとランベールによって棄却された。たとえ目上の相手であってもノンと言える国フランス。雨が降ったら休みがまかり通る国。


「一応聞くけど、理由は?」


 上の者なのだからもう少し威厳を持って接すればいいのだが、元々気弱な性格のロジェは相手の顔色を伺う癖がある。


 目線を合わせず真っ直ぐ前だけを見て、後ろ手に組みながら、サロメとランベールは高らかに宣言した。


「ストリートピアノを置く人間が嫌いだからです」


「同じく」


 まるで軍隊のような立ち振る舞いで真っ向から否定する。二人は一切譲るつもりはない。表情に揺らぎがなく、感情も失っている。『野球は八割メンタル』と言ったメジャーリーガーがいたが、今の二人なら最大の力を発揮できるだろう。


「頼むよぉ、そこをなんとか」


 泣きそうになりながらロジェは懇願する。なぜ上司がこんなことになるのか。


「嫌です、あたしグランドピアノ専門でいたいので」


「この前、ベビーグランドだっただろ」


「ベビーはいいのよ。アップライトは嫌」


 ストリートのピアノは基本的にアップライトピアノである。まず、移動のコストと、環境の悪さから『まだなんとかなってもいい』安価なアップライトが選ばれるのだ。誰かから寄贈され置くことが市などで検討されるのだが、夜間にイタズラされることが大半であることと、ピアノは本来室内の整った環境で弾くものであるという考えから、中々浸透していくのには時間がかかっている。


「好き嫌いするな。どんなピアノでも直せて一流だ」


「誰ができないって言ってんのよ。できるけどやらないだけ。あんたこそひとりでやるのが怖いんじゃない?」


「あ?」


 店長がオロオロするなか、そっちのけで二人は口ゲンカをする。先ほどまでの規律を感じた応対はなく、視線がぶつかり火花が散る。ランベールにとって、サロメの実力は認めているものの、時折見せる不遜な態度が気に入らない。対してサロメは、彼の保護者面したような扱いが鼻につく。


「俺は単純に環境が悪いってところにピアノを置くことが嫌いなだけだ」


 争っても意味はない、と先に大人の対応をランベールは見せる。そもそも意見自体は同じなのだから、ここで口論する必要はないのだ。


 先に矛を納めたランベールに睨みを利かせるが それもそうか、とひとつため息をついてサロメもやる気をなくす。時間は無駄にしたくないのはお互い様。


「てことで、誰か別の人に頼んでください。てか依頼受けたなら自分で行ってください」


 おおよそ上司への態度とは思えないが、冷静に正論をサロメは吐いた。それより学校の課題どうしようとか、そんなことを考えていてストリートピアノは記憶からさっさと消したいらしい。ジトっとした目をロジェに向ける。


 そんな追い詰められたロジェは、目線をキョロキョロさせながら唇を噛んだ。


「いやー、実はね……とても言いづらいんだけど……」

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