第13話

「え……だって、あんな素敵な音に……。そうなの?」


 きょとんとした顔で、「え? え?」とメラニーは狼狽し出す。今まで自分が弾いていた音とは一線を画すものになったというのに、まだ終わっていないの? とむしろ疑い出している。


 説明係のランベールが詳しく伝える。


「はい、専門的な説明になってしまいますが、あそこまで狂ってしまっていたピアノは、一度の調律では直りません。すぐに狂います。ですので最低二回、できれば三回は余裕を持って調律させていただきたい」


「それに、弦合わせも今回は急ピッチでやったからね。大きく崩れてるやつだけをやったから。本当なら全部をじっくり時間をかけて見てあげたい。スティックって言って、湿気でヤバくなってるのもあるし」


「さらに先程説明させていただいたハンマーですが、こちらも全部調整し、しっかりと弦を叩けるように丸ごと見させていただきたいです。さらに」


「ま、まだあるの?」


 もう、なにがなんだかという表情をしたメラニーは、難しい単語を並べられて酔ってきたような感覚になる。


「ダンパー調整っていって、鍵盤を離した時に音を消す装置なんだけど、見ようと思ったらいつまでも見れる。一番難しい作業ね。丸一日かかるかなぁ」


 渋い顔で、今後やることになるダンパー作業をサロメは想像する。怖、っと声まで漏れてしまった。誰かにやらせよう。ランベールあたりに。


「本来であればオーバーホールといって、アトリエに搬送して丸ごと新しくしてしまったほうがいいのですが……旦那様との絆を考えて、変えすぎないようにこの場で調律させていただこうと考えていました。いましたが……」


 言いづらそうにランベールは咳払いをして、サロメを見る。あとはお前が言え、と。


「めっちゃ怒ってたし、どうする? 丸ごといっちゃう?」


 こういうとき、孫というポジションは言いやすくて楽ね、と自分のコミュ力を褒めてあげたい。まぁ、孫じゃないんだけども。


 そう言われて、メラニーは顎に手を当てて思案する。数十年の想いが頭に中を駆け巡る。最後の二年くらいは思い出したくないけども。


「そうね、あの人との思い出ねぇ」


 ふふ、と笑う。


「いや、それも私の一部なの。オーバーホールはしない。ここでできる範囲内で」


 晴れやかな表情でメラニーはランベールに握手を求める。続いてサロメにも。


「ありがとうございます」


「ありがと、おばあちゃん」


 もう一度ピアノを見て、メラニーは疑問がまだひとつ残っていたことを思い出す。前回の調律師だ。

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