第10話
ランベールはそれに続き、バランスを整え、鍵盤の戻りを修正していく。
「ほい、じゃ棚板。ベッティングスクリューは……浮いてるなー。よくこれで弾いてこれたねおばあちゃん」
次に鍵盤の下にある、いわゆる棚板の調整に入る。棚板裏に刺さっている、ベッティングスクリューと呼ばれるボタンのようなものがしっかりとハマらず、隙間ができてしまっていると弾いた時の力が漏れ、音が出づらくなる。
「美味し」
途中でメラニーが淹れてくれた紅茶やお茶菓子を挟みつつ、サロメは作業を続ける。
続いては鍵盤の沈む深さを見る。沈む深さは一〇ミリで均等に。そのために、鍵盤の下にブッシングクロスと紙でできたパンチングを挟んで調整する。本来はスケールを用いて、沈んでいる鍵盤を測りながら地道に追加していく。しかし、
「……いいや、もうこれとこれとこれとこれとこれ。それぞれ〇・三八、〇・二四、〇・二三、〇・三〇、〇・〇八、紙パンチ足しといて! 次! 弦合わせ!」
先程のグリッサンド時に全て把握してしていたサロメは、指示だけランベールに出して、自身は次の工程へ。流れるように、だが見落としがないように。
キャプスタン調整、サポート合わせ、バックチェック合わせ、ジャック調整、レット・オフ調整、ドロップ調整、ハンマーストップ調整、スプリング調整、ダンパー調整へと淀みなく進める。
調律のことはよくわかっていないが、今目の前で起きていることはすごいことなのではないかと、肌で感じたメラニーは、少しずつ気持ちが移り変わっていく。
「サロメちゃんて、一体?」
仮の孫だった女の子が、凛々しく、雄々しく作業を進めていく。
「おそらくですが、フランスでもここまで早く精密にできる職人は三人といません」
ここから先はランベールは手伝うことができない。メラニーに解説を交えつつ、ピアノから離れた。
ひっそりとサロメも紅茶に手を伸ばす。
「終わったの?」
一旦、緩んだ間にメラニーが質問を投げかける。張り詰めて、時間が止まっていたかのようにすら思えたが、三〇分は過ぎていた。呼吸していたかすら覚えていない。
「いえ、ここから調律に入ります。今までのは下準備でしかありません。それに……」
言いかけて、ランベールは口をつぐんだ。
「なにかあるの?」
「いや、後ほど伝えます」
歯切れ悪く、ランベールは言葉を遮った。
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