第7話
「とりあえず見積もりができました。こちらを」
サロメがなんか言っていたようだが無視し、ランベールは書き終えた見積り書を慇懃に手渡す。ところどころ殴り書きしたようなところもあるが、気のせいではないだろう。彼の心情が見て取れる。
ランちゃんはそうなっちゃダメよ、とアドバイスしながら紙を受け取り、メラニーは内容を確認する。
「どれどれ……うーん?」
老眼鏡を外し、目を細めてもう一度確認。
「うーん……うん?」
紙から顔を離したメラニーは一度、深呼吸をし、場を整える。人間のやることだし、間違いだってあるわよね。仕方ないわね、とひとりうなづいた。
「……桁間違えてないかしら?」
笑顔でメラニーは聞き返す。
「いえ、正常な価格です」
表情を変えずランベールは突っ返す。几帳面な性格で三回は見直している。間違いなくこの価格だ。
冷静なランベールと対照的に、メラニーはみるみる顔が赤くなっていく。
「ちょっとおかしいわよ、以前の調律師さんの三倍は取ってるじゃないの」
もう一度見積り書を凝視したメラニーは、ハッと思い返して、さては……と勘ぐり出す。色々と情緒が激しい。
「あなた達、詐欺師ね?」
家の中をゆっくりと歩きだし、二人をまとめて視界に入れられる位置をとると、メラニーは警戒しだす。そういうやつね、と、ひとりで解釈。
「老婆なら騙せると思ってるんでしょ! 騙されませんからね!」
動揺などはせず、ランベールは無言で真っ直ぐにメラニーを見つめる。自分の見積りに間違いはなく、自信がある。アトリエの誰が見積もっても、うちではこの価格になるだろう。
「仲良くなればいけるとでも思ってるんでしょ! あいにく私は疑り深くなってますので」
先ほどまで孫のように可愛がっていたサロメにも厳しい視線をしつつ、メラニーは心を閉ざした。睨みつけるように二人を警戒する。そういう詐欺事件も増えており、自分だけはひっかからないと常に注意していたのだ。
「どうなってんのよランちゃーん。詐欺師だったんかいー」
なぜか向こう側についているサロメのことは無視。
「『値段相応の矜持を持て』。社長の言葉です」
静かにランベールは、アトリエの訓戒を口にする。
「もしお客様が半値で見てほしいというのであれば、それで引き受けましょう。提示した額は、このピアノのポテンシャルを最大まで引き出すお値段です。半値であれば半値ぶんの整調・調律・整音をさせていただきます」
感情の起伏もなく、さらにランベールは続ける。過去にこういうことは何度もあった。だが、自分達の見積もりには自信がある。それ相応の技術もある。揺るがない。
「は、半値? なに言ってるのよ、安さはサービスよ! ちゃんとやってちょうだい! いや、もう結構! 帰って!」
「そうですか、啓蒙が足りず申し訳ありません。我々はお客様のためはもちろんのこと、ピアノのためにこの金額を設定しております」
強い拒否反応を示すメラニーに、一切視線を逸らさずにランベールは返す。社訓であり座右の銘。自分達の技術力は安くないと一歩もひかない。
そもそもが、調律師の道具とはお金がかかるものである。もちろん安いものも販売してはいるが、これもピアノ同様、値段相応の性能しか持たないものが多い。ピアノという高い買い物を、粗悪な製品で調律することは、ピアノ自体の寿命を縮めることにも繋がるのである。アトリエ・ルピアノは、そこに妥協しない。
「だったら半値で二回やってもらったほうが長持ちするじゃないの。言い訳よ」
「残念ながらおばあちゃん、そうじゃないんだな」
ここまで無言で状況を見ていたサロメが口を開いた。さっきまでそちら側だったのに。すでに温くなった紅茶を口にし、レモンをそのままかじる。ゆっくりと時間を使って立ち上がった。
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