第5話

 「飲みなよ。」

 押し黙っている彼女に僕はそう告げた。

 捕まることは分かっていたらしい、けれどまだ実感が追い付いていない、といったところだろうか。

 だってもう、君しかいないんだろう?

 なあ。

 「…なあ。」

 「………。」

 黙っている、まだ。

 でも、「仲間はみんな死んじまったって聞いたよ。じゃあ、君はどうするの?由美ちゃん。」

 ちょっと笑って言えただろうか、けれど、彼女の顔はこわばったままだった。

 しかし、これをこわばったというのだろうか、一見、こわばっているようには見えるけれど、何もない、無表情のような顔にも見える。

 常に緊張したような面持ちで、でも中身はすべてをあきらめているのかもしれない。

 「あたし、もういい。」

 「もういいって何が?」

 やっと口を開いたと思ったら、そう来るか。

 「放っておいて。そのくらいできるでしょ?」

 「…ああ、そのつもりだけど。僕さ、元々はノリちゃんを探すように言われていたんだ。でも、見つけたのは君だけ。どうやら、ノリちゃんは死んでしまったようだね。」

 「そうよ、ノリも、あいつも死んだ。あたしだけ残って、それだけなんだから。」

 「そうだね、分かってる。」

 僕は話し出すと興奮する彼女に、黙って相槌を打った。

 うん、うん、とずっと。

 そして、別れた。

 僕は別に、彼女を追うつもりはなかった。依頼人にはノリちゃんは見つからなかったとだけ報告しておこう。

 だって、どうせ何にもならない。

 由美ちゃんはきっと、幸せにはなれない。


 「由美、何で?」

 「…はあ。」

 震えながら、目を見開いている。

 ノリは、由美を見つめていた。そして、傍らに倒れているのはあいつだった。

 「…ねえ、何で?」

 やっぱり、ノリは不思議そうにあたしを見つめている。

 でも、「…答えなんて、ないの。」

 と、これは本当のことだ。

 あたしは昔から何も分からなかった。あいつと一緒に暮らしているろきだって、多分何も分かっていなかった。

 あたしは、もしかしたら一番すべてを、無くしてしまいたかったのかもしれない。

 そして、静かな沈黙が広がった。

 あたしは一人だ。

 そう思った瞬間、初めて冷静になれる。

 静かで冷たくて、目が覚めている。

 この状態になりたくて、あたしはきっと、息をし続けているのだろう。

 ちらりと後ろを振り返り、けれど何事もなかったかのような顔で歩き始める。

 少しだけ、後ろ髪を引かれるような気がした。


 「………。」

 静かだった、青かった。

 海はとても、奇麗だった。

 あたしは多分、これ以上を求めることは無いのだ、と確信していた。

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初めての話 @rabbit090

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