第7話

「……ベル先輩、僕と姉さんの……いえ、フローリストの仕事はなんなのか、ご存知ですか?」


 ただ時間が無為に過ぎる過程に苦痛を感じ始めていたベル。そこに投げかけられたシャルルの問いが指し示したものは、あまりに具体性を欠いており、頭が空っぽになる。


「……え? 仕事、花屋だからお花を売ること? でもなんでそんなこと――」


「違うな」


 意図が読み込めず狼狽するベルを、きっぱりとベアトリスは否定する。


「お二人はフローリスト、じゃないんですか?」


 フランスでフローリストは珍しいものではない。他国と比べ圧倒的に花屋の数は多く、パーティーなどに呼ばれれば、ワイン・ショコラ・花束のいずれかを持参するのが常識、と言われる程に人々の暮らしの必需品であり、物心のつき始めたばかりの小さな子供でも、母の日にはバラを一本、お小遣いを工面して贈るのである。


 そういったお国柄、自宅が花屋というのはよくあることであり、二人は家業として働いている、なんの疑いもなくそうベルは思い遣っていたのだ。


 しかしそれに対する答えは「ノン」であり、根本から勘違いしていたのか、とベルの頬が歪んだ。


「いえ、そうではありません。僕達は分類してしまえばフローリストに属しています。しかし『花を売るということ』、それは二次的なものにすぎません」


「どういうこと?」


 自分の価値観を混乱させるシャルルの説明から情報を整理してはいるのだが、それでも形が捉えられないでいるベル。


 シャルルは今、目の前にいるのはお客様だと認識し、はっきりと丁寧に伝えるスイッチを入れた。


「――ではお客様、花の楽しみ方とはどのようなものがあるか、ご存知ですか?」


 そのシャルルの心遣いに気付き、ようやくお客様となったベルも目の前の質問を順々に片付け、理解していく道を選ぶ。


「えっと、見る・嗅ぐ……あとは食用のもあるし、アレンジで形作って楽しむ、とか?」


「模範的な解答だな。だが面白みがない」


 先ほどの皮肉を返すようにベアトリスがククッと笑う。常に優位に立っていたい精神の彼女にとって、やられたらやり返すのが主義だった。模範が正解ではない、とそう聞こえる。


「違うの?」


 それ以外に思いつかない、とベルは表情でも訴えた。


「いえ、正解です。視覚・嗅覚・味覚、そして触れあえる触覚と、五感のうち四つを占めることのできるものはそう多くありません」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る