第4話

 ごった返すアベニューを一本外れた道、サロンと雑貨屋に挟まれた横幅六メートルほどの店構え。カーキグリーンに鈍く光るステーから吊るされた看板には〈Sonora〉と書かれた旗が吊るしてあるだけで、遠目には少々殺風景な印象を受ける。


 正面から見て柱を挟んだ左側には、片側のみ開く重厚な扉。固く閉じられた側の扉の前には白くペンキを塗った木製のチェアーが置いてあり、色とりどりの花を敷き詰めたバスケットが優しく存在する。

 

 右側のショウウインドウはビビッドなトーンの鉢物が通行人の目を引き、重く見えがちな扉と対照的に、文字通り花を添える。よく磨かれたガラスに曇りなど微塵もなく、光の情報は乱反射せず正確に伝わる。


 建物の二階と三階のベランダにもアレンジされた花が多数取り揃えられており、縦に一貫して彩りは忘れていない。


 道を塞ぎかねない程の大量のバケツに入れた、カラフルな花でお客を呼び込むタイプではない、マイペースな、しかし紛れもない街角の花屋だった。


「花屋さん……だったんだ」


「はい。とはいっても少し特殊で、いわゆる『おまかせ』しかやっていないんですけどね」


 棒となっていた足を止め、感嘆ともとれる息をベルが吐くと、少年の丁寧な言葉遣いに含まれた返事の単語にひっかかりを覚える。


「『おまかせ』だけ、ってことは、自分が欲しいものを選べないの?」


「指定があればできますが、大抵はこちらが考えます。頭で欲しいと思っている花と、心の底から求める花は、似ているようで実は違う。それを探し当てるための店、という感じですかね」


「うーん……」


 哲学的な難しい答えが返ってきた気がし、ベルは考え込んでしまう。


「まぁ、そんなものだと思います。とりあえず中に入りましょう」


 いまいち思考の繋がらないベルを促しつつ、シャルルは開かれた扉から静かに入ると「ただいま」と柔和に帰宅を告げる。


「お邪魔しま……す」


 そのすぐ後に続いて、そろそろと警戒するような足取りでベルも一歩入りこむ。幾分か難しく曇った顔を上げると、まずそのヴァイオレットの瞳に飛び込むもの、


それは



〈別世界〉



 だった。


「う……わ……」


 入り込むのを拒んでいるかのような扉の先には、温光色のライトに照らし出された、きらびやかな花が彩る光。


 豪勢な飾りつけで圧巻するかと思えば、テーブルには可愛らしい小さなブーケ。


 ディスプレイの仕方にも工夫が施されており、その世界を創りあげているものは花だけではない。作り物の林檎やオルゴールなどのインテリアが絶妙な距離感で配置されており、構築に一役買っている。


 大半が木製の籠やバケツにより、まるで輝く森に迷い込んだような錯覚を受ける。強すぎないほのかな花の香り、オスモカラーで処理された床。それらが完全に調和することで、俗世を忘れさせるメルヘン。


 しかしそれがただの夢物語でないことは、右でも左でも頬をきゅっとつねればいい。


 花に詳しくないベルも、そこがただの街の花屋でないことを一瞬で悟ることができた。


「これらはすべて店頭用の見本みたいなものなんですけどね」


 近くにあった、一輪のバラをメインとした小さなバスケットを手にしたシャルルが、優しくそれに笑いかける。


「売り物……じゃない? こんなにすごいのに……」


「『おまかせ』専門ですから。これは僕達の趣味、みたいなものです」


 驚きを隠せず目を丸くするベルに、シャルルははにかみの笑顔を向ける。あまり自分のアレンジを近い年の、ある程度心を許せる人に見せる機会がほぼなかったので、どこか恥ずかしい気持ちがあったのだ。

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