魔法令嬢、決意する

「本日は楽しい晩餐にご招待いただき、ありがとうございました。素敵なひとときでした」


 晩餐が終わり、私は席を辞そうと礼を取りました。

 緊張感あふれる会食でしたが、宿に帰るまで気を抜くことはできません。

 帰るまでが社交なのです。


「帰りは私が送ろう。彼女は私の友人だから」


 テオドールが共に席を立って、部屋を後にしようとする私の手を取ります。

 温かく、ごつごつとした手。

 剣をどれほど振ったのか、いくつものの跡。

 皇太子でありながら、剣士として血のにじむような努力を重ねていることがわかるのです。

 彼にそうさせる何かが、この国にはあるのでしょうか。


 彼が先立って歩く静かな廊下の中、人気のないところまで来ると、彼は足を止めて振り返りました。


「すまない。私が至らぬばかりに、あんな場に君を巻き込んでしまった」


 まっすぐと私に向けられた目から感じるのは、偽りのない謝意。

 苦々しく口を歪めているのは、きっと私を巻き込んでしまったことを悔いているから。

 本当にわかりやすいお方です。


「謝らないでください。友人として当たり前のことをしたまでです。……私はあなたの助けになれたでしょうか」

「もちろんだ。カレンには今日もまた助けられたよ」


 テオドールはふっと口を綻ばせると、君が来てくれただけで心強かった、と言いました。

 差し込む月の光に照らされて明るく映ったその顔は、思わず見とれてしまうほどに美しくて。

 それから、彼に信頼されていることがよくわかって胸が温かくなりました。


「もしよければ、あなたのことをもっと教えてもらえませんか?」


 面食らったように目を見開いた彼に、一歩近寄ります。

 目と鼻の先にお互いの顔があって、見つめ合うほどに近い距離。

 彼の夜空のように黒い瞳を見上げて、綺麗だなんて思いました。


「もう巻き込まれてしまったので、いっそ自分から飛び込んでみようかと。それに例えお互いの命が危険になろうとも助け合うのが友人というものでしょう?」


 はくはくと何度か口を開いて不意に横を向いた彼の頬は、赤く染まっていました。

 あ、可愛いです。きゅんと胸がときめく類の、守ってあげたい可愛さです。


「それは友人というより戦友と呼ばれるものだ……」

「まあ、戦友なのですか。それはもっと素晴らしいですね。私とテオドールは戦友、素敵な響きです」


 思わず嬉しくなってしまった私を見て、テオドールは肩をすくめて笑うのでした。


*


「ある程度想像はついているかもしれないが」


 宿へと向かう馬車の中で、そうテオドールは前置いて話を始めました。


「帝国は今私とラスタの派閥に割れている」

「やはりそうでしたか」

「ああ。もっとも私もラスタも、お互いに争いたくなどないんだ」

「お二人は仲が良さそうでしたものね」


 こくり、とテオドールは頷きます。

 それから、だが周囲の思惑があるんだ、と続けました。


「皇帝になれば、皇室に伝わる大いなる力が与えられる」

「大いなる力……」

「ああ。帝国が今も魔族と抗えている理由の一つだ。それ故に、皇帝は戦場に出る機会も増える」


 それこそが問題をややこしくしている、とうつむいたテオドールは少し悲しげでした。

 そこに大いなる力を求めるような野心は見えません。


「アデリア妃は悪い方ではないんだ。ただラスタを守りたいと、戦場に出したくない一心だ」

「だからあなたを排斥するというのですか? 筋が合わないように思えますが」


 テオドールが皇帝となるほうが、ラスタ皇子に都合がいいのではないでしょうか。

 そうなればラスタ皇子が戦場に出る理由はないのですから。

 しかしテオドールは首を横に振りました。


「彼女は心配なのだろう。私が皇帝になった時、ラスタを邪魔に思って殺すのではないかと」

「そんなのあり得ません!」

「ああ。そんなつもりはない。しかしアデリア妃にとって私は他人の子どもで、いつでもラスタを追いやれる立場にいる人間だ」

「ですがそんなのって……」

「ラスタの命を預けられるほど、俺が彼女の信用を得られていないのが悪いんだ」


 テオドールはただ馬車の床を見つめています。

 整備された石畳を進む馬車の中は、からからと車輪の転がる音がするばかり。

 仲の良い兄弟が他人の都合で争い合うだなんて、そんなのは寂しいです。


「ラスタを支持する貴族たちは、ラスタが皇帝となった時に大いなる力を代理の者に与えるよう主張している」

「それはまた、争いの種になりそうですが」

「なるだろう。それでもラスタは戦場に出ずに済む。そこにアデリア妃は付け込まれたんだ」


 皇帝に代々受け継がれてきた力が、他のものの手に渡る。

 皇室の存在意義を揺るがしかねない大事です。

 その力が悪用されないとは限らないし、皇室の元に戻ってくる保証もないのですから。


「ラスタは今の時代の皇帝には向いていない。純粋で優しいけれど、戦う才能はない」


 けれど聡明で民を慈しむ心があるから、平和な国であればよく治められるだろう。

 そう語るテオドールはやはりどこか寂し気です。


 私はそれを見て、心を決めました。

 テオドールの友人として、幸せな明日のためにすべきこと。


「私、力を尽くしますね」

「一体、何を」

「テオドールも死なせません。ラスタ皇子もアデリア妃も悲しませません。私、誰かが悲しむような結末は嫌いなんです」


 魔族との戦いでテオドールを守りきって。

 テオドールとラスタ皇子に絡みつくしがらみを断ち切る。

 言葉にすれば、それだけのことです。


 馬車が止まり、御者が宿へ到着したことを告げます。

 私は扉を開けると、呆気に取られているテオドールに構わず馬車から飛び降りました。

 かつんとヒールが石畳にぶつかる硬質な音が響きます。

 エクスリアとして戦っている私にとって、この程度のことは造作もありません。

 ……いいえ、実は少しだけ痛かったのですが。


 出迎えに来ていたロビンが慌てたように駆け寄ってくるのを横目に、ぐるりと振り返ります。

 そして未だ呆然としているテオドールに向かって胸を張りました。


「あなたの戦友は思いのほか我儘な令嬢であるということをご覧に入れて差し上げます、

「……君は強いな」


 呆れたように、しかし嬉しそうに頬を掻くテオを見て、私は余計に笑みを深めました。


「お嬢様? ずいぶんと乱暴なお帰りでございますね? 自信にあふれた顔をしてらっしゃいますが、お召し物がご厚意でお貸しいただいているものであることをお忘れでしょうか」

「あっ」


 声に振り向けば、そこには満面の笑みを浮かべながら明らかに怒っているロビンがいました。

 これは部屋に戻ったら一時間ほど説教を食らうコースですね。残念です。

 せっかく恰好を付けたのにしまらないなあ、と私は空を仰ぎました。


 後で確認したところ、衣装が無事だったことが幸いです。

 

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