魔法令嬢、皇妃と火花散る
アデリア・フォン・ロージア妃。
彼女の名前は、隣国の皇妃として私も知っていました。
ライオネル陛下の寵愛を、二番目に受ける第二皇妃として。
そう、彼女は第二皇妃なのです。
ロージアン帝国にはもう一人、フレイア第一皇妃という方がいらっしゃいました。
元は侯爵家の生まれであった彼女と、時代を担う皇帝の恋愛譚は吟遊詩人が詠うほどのロマンスに溢れたもので。
アデリア妃は、公爵家というフレイア妃より格の高い家の生まれにもかかわらず第二皇妃の立場となりました。
アデリア妃がそれをどのように捉えていたかはわかりませんが、現状をみるとなんとなく察せられます。
しかしフレイア妃は、昨年不幸に見舞われて無くなってしまったそうです。
そして皇太子であるテオドールは、そのフレイア皇妃がお腹を痛めて生んだ子です。
立場も才覚も、次代の皇帝として相応しいという声はフォルト王国でも耳にすることがありました。
……その多くが、それに比べてうちの王子は、という風に王国の将来を心配する言い方だったのは置いておきましょう。
そんなアデリア妃にも、皇帝との間に授かった男子がいます。
名をラスタ・フォン・ロージア。
テオドールに比べると噂の少ない彼ですが、まだ十を数えない子どもであることを考えれば当然のこと。
むしろ若くして勇名を馳せるテオドールの方が、貴族社会では珍しいのです。
さて、こうなるとややこしくなるのは継承問題。
母を失い孤独なテオドールと、彼をなんとしても押し退けたいアデリア妃とラスタ皇子。
そんな構図を私は思い描いていました。
できれば、誰も幸せにならないそんな争いが起きていて欲しくないと願いながら。
しかし現実は往々にして、想像よりもひどいものです。
「フォルト王国ミスティリア伯爵家が娘、カレン・フォン・ミスティリアでございます。本日は恐れ多くも皇帝陛下のディナーにご招待いただき、感謝いたします」
ドレスの裾を持ち上げて、ゆったりとしたカーテシー。声は緊張ではなく、喜色を乗せた明るいものに。
夕食の場に現れた私の挨拶に一瞬場が静まります。
はて、どういうことでしょうとカーテシーを続けたまま疑問を抱いていると、アデリア妃が声を上げました。
「私がお招きしたのよ。テオドールが女性を連れて帰ってきたと聞いたから、どんな方かつい気になって。さあお座りになって、是非お話を聞かせていただけないかしら」
「うむ、アデリアが招いた客人か。彼のミスティリア家の令嬢なれば、もてなすとしよう。席を」
ライオネル陛下の声に応えて、給仕をしていた執事の方がテオドールの隣の椅子を引きます。
アデリア妃のにこやかな笑顔。しかし貴族社会において、笑顔は当然のように装備されている仮面のようなものです。
笑っていることは、決して敵意がないことを意味しません。
示された席に座ると、テオドールが申し訳なさそうに目配せをしてきます。
私はそれに、微笑むことで答えました。どうかお気になさらず。
対面する席に座っている小さな男の子が、テオドールと同じ黒曜の瞳をキラキラと輝かせます。
しかし髪はアデリア妃によく似た燃えるような赤髪、彼がラスタ・フォン・ロージア皇子なのでしょう。
「お兄様! とても綺麗な方ですね!」
「ああ、カレン嬢は美しいご令嬢だ。彼女と比肩する者は帝国にもそうはいないだろう」
社交辞令などいくらでも誇張を含むものですが、無邪気な子どもとほかならぬテオドールの言葉は全く外連味を含んでいません。どちらも本心からの誉め言葉であるとわかるので、ついはにかんでしまいます。
ですがその温かい空気も一瞬のことでした。
「それだけに残念ねえ。王子から婚約を破棄されてしまうだなんて」
差し込まれた言葉に緊張が走ります。
自らの頬に手を添えて、私を気遣わし気に眺めるその表情――しかし言葉は確かに嘲りを滲ませています。
王太子妃という輝かしい地位を手にし損なった私への侮蔑、今彼女がいる皇妃という地位から見下すような目線。
そしてそんな私を連れてきたテオドールを遠回しに貶している。
私は貴族社会が嫌いです。こういう表情や言葉の裏にある人の機微ばかりが目について、嫌気が差してしまうから。
これは可愛くも、美しくもなくて、心がぎゅっと握りしめられるように苦しくなってしまう。
「テオドールから報告は聞いている。カレン嬢は第二王子殿から婚約を破棄されたのだったか」
「はい。そのとおりでございます」
ライオネル陛下の声は低く、それでいて明瞭です。しかしそこに含まれた感情は読み取れません。
というよりも、フラットであるのでしょう。おそらく彼の関心はそこにないのではと思います。
ライオネル陛下は一体、この場をどのように捉えておられるのでしょう。
私達の会話の傍でディナーの前菜、ネギと玉ねぎを調理した飴色のスープが並べられていきます。
夏の気配が涼風に香る春の頃、温かいスープが前菜に出てくるのは、春とはいえフォルト王国よりも気温が低いロージアン帝国ならではでしょうか。
それを横目に、アデリア妃が言いました。
「可哀想にねえ、でも仕方がないことなのかしら。噂のエクスリア様が相手だったんでしょう? ならあの国では勝ち目がないでしょう」
おや、少し風向きが怪しく……。
「結局魔法令嬢だなんて持ち上げられて、その正体は男爵家の娘。それが王太子妃の席を横取りするような真似をして、みっともないわ。テオドールもあんな娘を当てにしようだなんて、見る目がないのね」
ああ、なるほど。
「カレンさんは本当に可哀想だわ。ぜひロージアで心を休めてくださいな」
私の味方であるように見せながら、全方位を貶すというのですね。
「お言葉ですが」
どこまで踏み込むべきか。
アデリア妃を心配そうに見つめるラスタ皇子。俯いて口を引き結ぶテオドール。凪いだ目で状況を見守るライオネル陛下。
他国の皇家の問題とは言え、それに私を巻き込み利用しようというのであれば。
私も自分が見たい世界のために頑張りますか。
「少しばかり思い違いをされているのではないかと思います」
「なっ……」
味方に引き込もうとしていた私からの思わぬ言葉に、アデリア妃が息を呑みました。
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