魔法令嬢、会敵す

 ロビンは完璧に仕事をこなしてくれました。

 宿に用意されていた貸し出し用のドレスを借りられるようロビンが話をつけてくれていたおかげで、衣装の選択、試着から宿に手直ししていただくところまでスムーズに進みます。

 結果として、伯爵家令嬢としては少し質素という程度の装いを整えて迎えの馬車に乗り込むことができました。

 ロビンは招待されていないので、馬車に乗り込んだのは私だけ。

 めんどくさそうな表情を隠そうともしない御者の方に、そっとチップを握らせます。

 こちらからの心付けを表すとともに、道中何かおかしなことに巻き込まれないための用心です。

 

 迎えの馬車は城の兵士が使う無骨なものを用意する辺り、賓客として迎えられる可能性は薄いでしょう。

 もしまともに客として招待するのであれば、相応の格の馬車を手配するのが帝室としての見栄です。

 つまり私を客としてではなく、帝室に仕える方々と同じ格の存在だと――こういう言い方はしたくないのですが――下に見ているということです。

 見栄を張るほどの価値も無い存在だと言う意図もあるとすれば、よりひどいかもしれません。

 そういった見栄だとか格式だとか、私自身はどうでもいいと思うので気にはなりませんが。

 私の感性にそぐわずとも、貴族としての振る舞いや知識は必要なのです。

 

 現にその知識が現状を私に教えてくれています。

 恐らく相手の目的は私を呼びつけてテオドールに嫌がらせをすること。

 そのためにテオドールの招いた客がどれだけ不作法かと貶すくらいはしてくるでしょう。

 何につけても文句は言われるのでしょうが、あからさまにこちらの不手際とわかるようでは相手の思うツボです。

 そのような相手に、最高とは言えずともそれなりの見た目で立ち向かえることに少し安堵します。

 

 日が沈み始め、人気もまばらになった帝都の大通りを馬車は進みます。

 昼間の賑わいとは裏腹な静寂は、私にとって嵐の前の静けさでした。



 

 馬車はついに城に辿り着きました。

 難攻不落の城塞に囲まれた華の都、その中心に鎮座する白亜の城、ロージア城。

 夕の光を受けとめて柔らかく色づいた白亜の城壁の美しさに、感嘆の息を漏らさずにはいられませんでした。

 これから始まる陰湿な戦いの、鬱屈とした雲行きを吹き飛ばしてしまいそうなほどの感動です。

 本当は私の思い過ごしで、何事もない平和な夕食となってくれればという思いが胸を過ります。

 何事も穏やかであるに越したことはありません。

 しかし、得てして楽観的な希望というものは裏切られるものだと私は知っています。

 権謀術数渦巻く貴族社会の中ではなおのこと。

 城門を通り過ぎ、薄墨に沈みゆく城の姿がそれを表しているようでした。

 

 何事もなく通された城内は絢爛なものでした。

 初めに私を出迎えたのは、広いロビーに燦然と輝くシャンデリアが、国を興したのであろう皇帝の肖像画を照らし出している光景です。

 廊下には深紅のカーペットが引かれ、どこを見ても清掃が行き届いているとわかります。

 そしてロビーからは、案内人が御者から作法の整った執事の方に変わりました。


「カレン・フォン・ミスティリア様でございますね?」

「はい」

「ライオネル陛下、アデリア王妃様、テオドール第一皇子様、ならびにラスタ第二皇子様がお待ちです。こちらへどうぞ」

 

 時代を謳歌する帝国の城に仕えているというのは伊達ではなく、執事の方は嫌がる様子もなく礼を以て私を迎えてくれます。

 私は軽く礼をしてその後に続きました。

 しかし何と言いますか、想像以上にお相手はやる気のようです。

 まさか皇帝陛下までご同席されるとは。


 ロージアン帝国の名君と名高いライオネル・フォン・ロージア。

 ロージアン帝国が魔族との最前線にありながら時代の中心とも言えるほどの繁栄を見せているのは、彼の統治があってこそだと言われています。

 先帝の時代には魔族に押され気味であった前線が、彼が統治を始めた途端に押し上げられ、今では原状を回復するまで至りました。

 どのようにしたのか詳細は伝わっておりませんが、精強な軍を錬成し、諦観に染まりつつある国民の心をまとめ上げたカリスマの持ち主です。

 その武勇に満ちた功績から『獅子皇帝』とも呼ばれることもあるその方は、伝え聞く限りではまさしく獅子のごとく威厳に満ちた姿だとか。


 急に胃が痛くなってきました。

 皇帝陛下もご同席されるとなれば、もし無礼を働こうものならあっという間に国際問題に発展しかねません。

 私はそこまでの食事会だとは思っていなかったのですが。

 貴族令嬢として恥ずかしくない程度に礼儀作法は仕込まれているとはいえ、喜んでこんな席に参加したくはないのです。

 参加を断ればテオドールの面目が立たないので今回は来ていますが。

 本来私は小心者なのです。

 可愛いものを愛でていたいだけなのです。


 そんな私の内心など知らず、刻々と時は近づいてきます。

 夕食の会場に辿り着き、一際豪奢な扉が開かれました。

 私を見定めようとする三対の視線に、申し訳なさそうなテオドールの視線に迎えられ、私はここが戦場だと悟ります。


 ああ、本当に。

 心臓がバクバクして仕方がありません。

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