魔法令嬢、呼び出される
さて、再び暗殺者達に狙われることもなく無事に帝都についたわけなのですが。
「テオドールはこのまま城へ向かわれるのですか?」
「そのつもりだ。急ぎ今回の結果を報告せねばならない」
「そうですか。では私達は一旦ここでお別れですね。私とロビンは城下で宿を取ります」
そう、私とロビンは城に案内されても困るのです。
私達にとって今回の旅は、あくまで一般人として諸国を巡る気ままなものです。
貴族として、ミスティリア家の者として振舞うためのドレスや装飾品など持ってきていないので、社交の場に呼び出されるのは憚られます。
友好関係にある他国で失礼を働くわけにもいきません。
暗殺についても、城内でテオドールが狙われる可能性はないでしょう。
旅の道中で不運な事故を装って殺そうとしてくる相手です。人の目につきやすい場所で殺すのは何か都合が悪いのではないでしょうか。
例えば、謀略を疑われると困る立場にいるとか。
そうでなくとも放っておけば死地に赴く人間を、わざわざ危険を冒してまでは狙わないはずです。
『実は面倒くさいだけでしょ』
(それもあります。貴族のよくわからない上下関係の作り合いはもうこりごりです)
未来の王妃としてその辺りの教育もしっかりと受けたのですが、だからといってやりたいものでもありません。
私はもっとまっすぐ人の助けになることがしたい。
「そうか、カレンは身分を隠して旅をしているのだったな。ではこちらで良い宿を手配しよう」
「そこまでしてくださらずとも」
「いいや、これは私なりのお礼だよ。カレンの安全のためにも遠慮せず受け取って欲しい」
「……わかりました。お言葉に甘えさせていただきますね」
私は帝国の事情に詳しくありませんから、テオドールに
それはつまり、彼が帝都の内部でも私に危険が及ぶ可能性を危惧しているということです。
言い換えれば何かしらの形で私に干渉しようとするかもしれない人物がいるということ。
……一応、警戒はしておきますか。
「それでは私達はその宿に宿泊いたしますので、出立のときにまた声を掛けてください」
「承知した。ではまた」
「またお会いしましょう」
そうしてテオドールと別れ、護衛の騎士の方一名に案内された先にあったのは、帝都でも最上級であろう貴族御用達の宿でした。
「良い宿というにはあまりにも良すぎますね」
ロビンもうわあ、まじかあ……と言わんばかりに少しだけ顔が引きつっています。
伯爵家に属する私が言えたことではありませんが、皇族や王族の方はどうしてかこう、善し悪しの基準が高すぎるんですよね。
どう考えても今の私たちの装いには不釣り合いな宿です。宿で衣装などを貸してもらえるのでしょうか。
無言で前を行く騎士の方は、心なしか申し訳なさげに私たちを丁寧に案内してくださいます。
「いらっしゃいませ」
宿に入ると、皴一つない燕尾服を着た男性が文句の付け所もない完璧な礼と共に出迎えてくださいました。
テオドールから話が通っているのか、受付など一切なしに部屋へと案内されます。
通された部屋はこれまた宿の中でも最上級の部屋です。貴族の利用を想定して侍従の待機する部屋まで用意してあります。
二人で使うにはあまりにも広い部屋です。
「そう考えるとこの部屋よりも広い、王妃専用の部屋って一体何のために広いんでしょうね」
「さあ……」
よくよく部屋を見れば、猫用の玩具やポヨンちゃんのために用意されているのだろう籠まであります。
流石は高級宿と言いますか、気配りが恐ろしいほど行き届いています。
「ロビン、お願いがあります」
「なんでしょうか」
「この宿、あるいは城下で社交用のドレスを準備できるか調べてください」
「仰せのままに」
主従と執事としてのやり取りを終えた後、ロビンは静かに部屋を出ていきます。
宿の方に触発されたのか、持ってきていたのだろう執事服に着替えてという気合の入りっぷりです。
彼は昔から負けず嫌いなところがありますから。
『で、どうするの?』
「どうしましょうか……」
ぼふ、と体をだらしなくベッドに沈めながら考えます。
誰かに見られていれば間違いなく怒られるでしょうが、ここにはエクスとポヨンちゃんしかいません。
好きなだけリラックスできます。
折角帝都に来たのですから、観光もしたいです。
華の都と呼ばれるほどの都ですから、きっと可愛いものも美しいものもいっぱいあるでしょう。
あまりたくさん物を買うと旅の邪魔になるので節度は必要ですが、いずれは馬車の中を可愛いもので埋め尽くして見たかったりします。
そうでなくとも可愛いものは見るだけで心が躍りますから。
とはいえ、しばらくはそういうわけにも行かないのでしょうね。
私がテオドールと共に帝都に入ってきたことは相手にも情報が伝わっているはずです。
そしてテオドールは帝都の中にも影響力を及ぼせる敵の存在を示唆していました。
この場合は帝都の中だからこそというべきなのかもしれませんが。
皇太子であるテオドールが命を狙われる理由、身中の敵。
一番可能性が高いのは後継者争いでしょうか。
であれば相手はテオドールへの嫌がらせくらいはしてくるでしょう。
例えば。
「お嬢様、ただいま戻りました」
手早く仕事を終えたのか、想像以上に早くロビンは戻ってきました。
その手には見るだけで良い品質の紙が使われているとわかる一通の手紙。
こちらを、と言って差し出されたそれにはロージアン帝国皇室の封蝋がされています。
中身を見れば今日の夕食への招待状。差出人は皇妃アデリア・フォン・ロージアン。
指定された時刻にそう猶予はありません。
やはり、とロビンを見れば万事つつがなく準備はできておりますと言わんばかりにしっかりと頷かれました。
信頼できる執事がいるというのはとても心強いものです。
これはあちらからの嫌がらせと見てよいでしょう。
そう、例えば。
テオドールがわざわざ城に案内しなかった人間を呼びつけるだとか。
しかも尊敬の念を抱くほどに徹底した無茶ぶりも押し付けてくる嫌がらせです。
いいでしょう、受けて立ちます。
テオドールの敵を良く知るいい機会です。
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