魔法令嬢、帝都につく

「そういえばなんだが」


 道中の馬車の中、テオドールがふと尋ねてきました。


「カレンは精霊様が好きなんだな」

「え、急にどうかされましたか?」

「いや何、ずっとカレンの膝や傍に精霊様がいらっしゃるようだからな。お互いに強い信頼で結ばれていなければそうはなるまい」

「ああなるほど」


 確かにエクスはいつだって私の傍にいますね。


「私にとっては産まれた時から傍にいた家族のようなものですから」

「生まれた時からか」

「ええ」

『ひどい話だよね。小さい頃の君は平気で尻尾を握るし、お腹を枕にしてくるし』

(いいじゃないですかそんな昔の話は)


 するとテオドールは感慨深げに目を細めます。それはまるで何かを懐かしむ老人のような温かい目でした。


「精霊様も、君にとっては家族なのだな」

「はい。血の繋がりはなくとも、過ごした時間がありますから」

「そうか、なら私も諦めている場合ではないな」

「何をですか?」

「いや、なんでもない」


 独り言だよ、といって両手を組み合わせるテオドールの姿は一人祈る孤独なものに見えます。

 きっと私とエクスのそれと、テオドールが今思い描いたそれは少し異なるのでしょう。テオドールはきっと、その立場故にもっと複雑な問題に直面している。

 なら私はそれを支えたい。


「大丈夫ですよ」

「何?」


 驚くテオドールの拳に手を添えます。強く握られた拳は強張っていて、少し指先が赤く色づいていました。


「私も精霊も付いていますから」


 そう言うと彼は一瞬呆けたような顔をすると、穏やかに微笑みました。


「そうか。白銀の精霊姫が付いていてくれるなら何も恐れることはないな」

「任せてください」

「ああ。……なんというか、君は姫というよりは天使と言った方が相応しい気がするな」

「私がですか?」

 

 うむ、と頷くテオドールには一切の下心が見えません。純粋に私を尊敬と言いますか、褒めてくださっているようです。

 天使というと、姫よりも尊い扱いをされていることになります。

 そこまで言われるとなんだか気恥ずかしいです。

 そんな言葉をさらりと吐ける辺り、テオドールは案外女性を誑かすのに慣れているのかもしれません。

 無自覚だとしたら何とも恐ろしいことです。

 

『僕はこの男になにもしないよ』

(ですが私には力を貸してくれるでしょう?)

『限度がある』

(貸さない、と言わないのがエクスの優しさですよね)

『貸さなくても危険に飛び込まれるくらいなら貸したほうがましさ』

(素直じゃないのも可愛らしいですね)


 そんなことを言ったら、盛大に猫パンチを食らいました。




「カレン、あれが我が国の帝都ロージアだ」

「あれが……!」


 馬車の外に顔を出せば、遠くに大きな城塞都市が望めます。

 皇族が住まうであろう城は遠くからでもわかる威容を誇り、それを中心に街が形成されているようです。

 全体を囲う城壁の外には近くの大河を利用した、川と言ってよいほどの堀があり、ロージアが難攻不落の都市であることを思わせます。

 大陸でもっとも発展していると言われる華の都ロージア。一体どれほど美しいものがあるのでしょうか。


『感動しているところ悪いけどさ、このスライムはどうするの』


 そう言われてエクスの方を見ると、座席の横で丸くなっているスライムちゃんをてしてしと尻尾ではたいていました。

 スライムちゃんはそれを掴もうと触手を伸ばしていますが、エクスの方が一枚上手でうまくいきません。

 こうしてみると兄弟のようで可愛らしいですね。


『この子は街に入れるのか。それと君さ、名前つけ忘れてるでしょ』

「あ」


 そう言えばそうでした。

 私はスライムちゃんに名前を付けると言っていたのをすっかり忘れていました。

 我ながらなんと申し訳ないことでしょう。

 名前、名前……可愛い名前。


「ポヨンなんてどうでしょうか」

『安直にもほどがない?』


 エクスから辛辣なツッコミが入りましたが、肝心のスライムちゃんはぴょんぴょんと飛び跳ねて嬉しそうです。

 心なしか色もツヤを増したような気もします。


『まあ本人が喜んでいるならいいか』

「ではあなたはポヨンちゃんです。それで、ポヨンちゃんは帝都に入れるのでしょうか」


 ポヨンちゃんを抱きかかえながらテオドールに問いかけると、彼は目を丸くしていました。


「カレン、今君はそのスライムに名前を付けたのか?」

「はい、そうですが……」

「そうか、魔物にも。……君といると私の知っている世界がちっぽけだったと思い知らされるようだよ」

『カレンが変わり者なだけだと思うけどね』

「それほどのことでもないでしょう」


 テオドールもエクスも私のことをなにやら珍妙な人間だと思ってはいないでしょうか。

 節々で私を未知の人間として扱っているように思います。

 私はただの令嬢に過ぎませんのに。


『ただの令嬢が精霊と契約していたり、魔法もなしにスライムを従えたりはしないと思うんだ』


 ……ちょっと特殊な令嬢に過ぎません。

 そりゃあ少しは他のご令嬢と違う点はありますが、私自身はただの女の子なのですから。

 特別な人間ではないのです。


「そういえばそのスライムは君がテイムしたのか?」

「テイム?」

「魔物は基本的に上下関係を教えたうえで魔法による契約を結んでテイムするものだが……」

「この子は道中ついてきたそうにしていたので連れてきました」

「連れてきた、だけ?」

「はい。駄目でしたでしょうか? ほら、可愛いですしこうして言うことも聞いてくれますよ」


 ポヨンちゃんに飛び跳ねて、とお願いするとその場でぽよんぽよんと可愛らしく飛び上がります。

 それも空中で体をひねったり何とも器用なことです。

 

「駄目ではないが……」

『考えてごらんよ。君が魔法によって制御していると思っていた魔物が、実は君に引っ付いてきているだけの野良魔物にすぎないんだ。ふつう驚く』

(それもそうですね!)


「ああ、いえ、これはその、何と言いますか……」

 

 なんとか弁解しようと慌てふためく私を見て、テオドールはふっと笑いました。

 

「カレンを私の常識で図ろうという方が無粋か。いや、何とも面白いご令嬢だ」


 そのスライムのことなら心配ない、私の権限で何とかして見せようとテオドールは言いました。


「ありがとうございます。でも私はただの伯爵家令嬢ですよ。テオドールが思うほど面白い人間ではありません」

「いいや、今まであってきたどのご令嬢よりも君は強く、素敵で一緒にいて飽きないよ」

「そう、ですか……」


 やはり端正な顔を持っていて下心もなく誉め言葉を吐けるテオドールは卑怯です。

 ここまでまっすぐに褒められると嬉しいやら恥ずかしいやらで、気持ちがとてもむず痒くなります。

 今は彼の顔を見られませんし、見たくありません。


 そうして俯いているうちに、いつの間にか私は帝都ロージアの中に入っていました。

 

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