魔法令嬢、馬車の中で語らう!
「まさかこんなところで今話題の真っ只中にある
からからと車輪が回る音のする馬車の中、私の真向かいに座るテオドールはそう話します。
私たちが加勢して賊を追い払った後、爆破されていた道を騎士の方々が埋め立てて出発することになったのですが。
なんとテオドールが私たちの馬車に同乗したいと申し出たのです。
まあ色々とお話や情報交換もできるでしょうし、私としては旅の暇つぶしにもなるので断る理由のないお話ではあります。
ただ護衛の方々や御者を務めるロビンの顔が青くなっていたので、彼らにとっては胃の痛い話なのでしょう。
ロビンもまさか隣国の皇子を乗せることになるなど夢にも思っていなかったでしょうし。
仮になにかあれば私も一緒に謝りますから頑張って下さい。
「白銀の精霊姫?」
「ああ、我が国ではカレン嬢の事をそのように噂する者が多いのだ。精霊の寵愛を受けた、美しい銀糸の髪を持つご令嬢だと」
「まあ、過分なお言葉です」
「そんなことはないだろう。遠目にではあったが、私も実際にパーティ会場でカレン嬢を見て噂に勝ると感じたよ。アレクシス殿を少し羨ましく思ったくらいだ」
「お褒めに預かり光栄です。ですが今はただの旅人の身ですから、何も出ませんよ?」
「何かを求めているのではないさ。ただ思ったままを伝えているに過ぎない」
「率直な方ですね」
「護衛の物にも良く言われるよ。皇族なのだから腹芸をもっと覚えろとも言われるが」
「私はその率直さはとても美しいものだと思いますよ」
「そう言われると嬉しいな」
目の前で照れたように笑うテオドールは皇族でありながらアレクシスやその兄上とは全く違った雰囲気を持っています。
例えるならば、夏の木陰で涼んでいる時に吹く優しい風でしょうか。
爽やかに心に染み入ってきて、とても癒された心地になります。
貴族にありがちな見得や傲慢さは全く見えません。
むしろ素直に人を褒めたり、照れて見せる純朴さはまるで少年のようです。
こう、何とはなしに守ってあげたくなる可愛さがあります。
「それはそうと、カレン嬢は大丈夫なのか?」
「私ですか?」
「そうだ。あれだけ大勢の前で婚約破棄などされたのだから、傷ついてはいないか?」
そう尋ねてくるテオドールの表情には弱みに付け込むような下心はなく、純粋な心配があります。
なんというか、不思議な感覚ですね。
フォルト王国の貴族にこのようなことを話しかけられれば、何かしらを警戒しなくてはいけないというのに。
初対面にもかかわらずそれを感じさせないのは、テオドールの人柄がなせる業なのでしょうか。
「それについてはご心配なさらず。もともと上手くいっていない関係でしたし、面倒なあれこれはお父様達にお願いしてきましたから」
「いや、そうではなくてだな……」
「はい」
額に手を当てて言葉を探している様子のテオドール。
「私は君自身のことを心配している」
「私自身」
「ああ。普通あんな騙し討ちのような扱いを受ければ、心に多少なりとも傷がつくものだと思うのだが」
「……ああ!」
なるほどそういうことですね。
私の今後の事ではなく、私の今の心情を心配していらっしゃると。
言われてみれば確かにあの扱いは普通のご令嬢にはあまりの仕打ちであったように思います。
もし私がアレクシス様を本気で慕っていたのであれば、どれほどに傷ついたことでしょう。
お前よりいい女を見つけたからもういらない、という宣言をわざわざ公衆の面前でしたのですから。
『今頃気付いたの? 遅くない?』
(いやーびっくりですね)
『暢気か』
エクスが呆れたように膝の上から半目で見上げてきました。
その頭をもふもふと撫でながら考えます。
さて、それに気づいたからと言ってアレクシス様に何か思うところがあるわけではないのですよね。
より良い人を見つけたのですから、お幸せになってくださいと言ったところでしょうか。
後はエクスリア関連ですが……テオドールに話すのは少し憚られますね。
いきなりあれが偽物だなんて言われても困るでしょうし、それで争いが起きるのは御免です。
「全く気にしていませんよ。正直あの方は苦手でしたし、むしろ嬉しいくらいです」
「嬉しい?」
「はい。おかげで色んなしがらみから解放されてこうして旅に出ることができたのですから」
襲い来る魔族の事は気がかりですが、お父様達が守ってくださるのであれば大丈夫でしょう。
魔族と人間の戦いの前線から離れたフォルト王国に襲い来る魔族は少数、そのほとんどが王都に出現します。
何か目的があるとすれば、初代の勇者が異世界より召喚され、今も聖剣が安置されているというバルタ城の地下なのでしょう。
とはいえお父様達も対策はしているでしょうし、卓越した精霊術師であるお父様であればほとんどの魔族と戦えるはずです。
魔族の中でも一線を画するという幹部はこれまでフォルト王国に来たことはありませんし。
ですから心配がないと言えば嘘になりますが、私がいなくても問題はないと思うのです。
だからこうしてのんびり旅ができるのですから。
そんなことを考えていると、テオドールが口元を抑えて笑っていました。
「どうかされましたか?」
「いやなに、カレン嬢は全く変わったご令嬢だと何やら面白くてな。まさかあれを受けて嬉しいという言葉が出てくるとは思わなんだ」
「それはまあ……精霊の影響を受けて育ったからですかね」
『ちょっと、さりげなく僕のせいにしないでくれないかな。君のその性格は一切の混じりけなく君のものだよ』
エクスが抗議してきますが、ゆったり物事に構える姿勢は間違いなくエクスと共に育ったからだと思います。
私の言葉にテオドールはこらえられなくなったようで、肩を揺らして笑っています。
「精霊様か、そうか。きっと愉快な御仁なのだろうな」
『不名誉だ』
たし、と。
起き上がったエクスが私の太ももを尻尾で軽く叩きます。
どうやらテオドールにも姿を見せているようで、彼は目を見開いています。
『この子と契約している精霊だよ。君に名を明かすつもりはないが、あんまりにもこの子の言うことを信じてもらったら困る』
「……精霊様、実際にお目にかかれるとは」
『それはよかったね。まあ僕たちは実在する。でも契約者の人格にまで影響を与えるなんてことはないんだよ。この子の突飛な性格は間違いなくこの子の生来のものだ。そこを勘違いしないように』
「そんなことはないでしょう。物心ついた時から傍にいたのだから、あなたの性格も影響しているはずよ」
『百歩譲ってそれを認めたとしても、本当に一部だね。人から斜めにずれた君の感性は関係ない。そこのところ勘違いしないように』
それだけ言うと、エクスは再び膝の上で丸まってしまいました。
言いたいことは言ったと言わんばかりにふすーと満足げな息を吐いています。
相変わらず自由な子ですね。
「今のがカレン嬢と契約している精霊様なのか」
テオドールは何故かソワソワしています。
今のが、と仰るということは既にテオドールに姿を見せていないのでしょうね。
「はい。猫の精霊でとても可愛らしい子なんですよ」
「猫……確かに美しい毛並みだったな。そうか、道理で先ほどから何もないところを撫でていたんだな」
ああ、私がエクスを撫でるのはエクスが見えない人からそう見えることをすっかり忘れていました。
しかしとても落ち着く感触ですし、膝の上に乗ってきたに撫でないでいると拗ねたようにこちらを見つめてくるんですよね。
家族の皆はもう気にしないようになっていたので、うっかりしていました。
「そうですね。びっくりさせてしまいましたか?」
「いや、納得が行った。確かに君は精霊に愛されているのだな」
「愛されているんですかねえ」
『どうなんだろうねえ』
(私は愛していますよ)
『そりゃどうも』
「ところで、なんだが……」
テオドールは指先をせわしなく組み合わせています。
どこか口に出すことを恥ずかしがっている様子です。
はて?
「その、精霊様の毛を触らせていただくことはできないだろうか……」
(エクス、あなたのもふもふに魅了された人が現れましたよ! ぜひこの感動を!)
『やだ。断る』
(そんなあ)
エクスが嫌だと言っていることを伝えると、テオドールはそうか……と肩を落とすのでした。
エクスの毛の素晴らしさについて語り合える同志が現れたと思ったのに、残念です。
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