魔法令嬢、出会う!
森を抜けると、そこは戦場でした。
「いや一体なにゆえですか!?」
「なにゆえ何でしょうねえ」
あはは、とロビンは乾いた笑い声を上げます。
走れば十数秒で辿り着く距離に立ち往生している軍用の堅固な馬車。
どうやら街道が爆破されたようで身動きが取れないようです。
馬車の周りを囲うように賊が二十人と少しでしょうか。
それに相対するのは五人の騎士と、一人の貴族と思しき一際豪華な鎧を着ておられる方です。
貴族の方が指揮を執っておられますが、劣勢のようです。
多勢に無勢で追い込まれている……というのもありますが、それ以上に賊の腕が立つようです。
あれは賊というよりも賊を装った暗殺者と言われたほうがしっくり来ますね。
「で、どうするんです?」
「決まっています」
「ですよねー」
『一応釘を指しておくけど、エクスリアには変身できないからねー』
「わかっています。それでもです」
旅を出るに当たって、正体を隠すことを徹底するようお父様に言われています。
それはエクスリアに変身しないということも含めての事です。
変身せずともエクスの力は借りられますが、やはり本領を発揮するには変身しなければなりません。
ですから私は全力を出せないということです。
だから何だというのでしょう。
ここで見捨てるなどという選択肢はあり得ません。
見捨てれば絶対に後悔しますが、助ければ皆が幸せになります。
幸せな明日のために、この力を振るいましょう。
「では、いきましょう」
「はいはい」
馬車を止めて二人で肩を並べれば、私に着いてきたスライムちゃんもぴょんと飛び乗ってきました。
スライムちゃん……なんだか呼びにくいですね。
「後で名前を付けてあげますね」
そう言ってつつくと、ぴょんぴょんと飛び跳ねるスライムちゃん。
喜んでいる、ということでしょうか。
動きだけで感情を伝えようとする姿は愛らしいです。
ですが今は和んでいる場合ではありませんね。
合図もなしに駆け出します。
身体強化の魔法を無詠唱で私とロビンに掛け、風を切る速さで距離を詰めました。
背後から接近する私たちに気付いていない賊の不意を打ち、勢いを乗せた掌打で地に沈めます。
「加勢します!」
「……! 感謝する!」
挟み撃ちされる形になった賊が浮足立ち、動きに迷った隙を見逃しません。
「〈風、吹き、
風弾の魔法で固まっていた賊を吹き飛ばし、さらに混乱を広げます。
混乱から立ち直ってきた賊が切りかかってきますが、魔族ほどの力も素早さもありません。
当たればただでは済まないでしょうが、しかし魔族と比べればあまりにも遅い。
半身で躱してみぞおちへの掌底を叩きこみます。
エクスリアとしての戦いは、エクスの力を受けて強化された肉体による格闘戦が中心です。
魔法を撃つだけではある程度の魔族には避けられるか、相殺されますし流れ弾による被害も起きます。
ですから格闘で隙を作り、大威力の魔法を叩きこむという戦い方を確立しました。
魔法令嬢はダンスも踊れるのです。
そうして戦っていると、賊からの攻撃が少なくなってきます。
周りを見れば騎士の方々も反撃に転じたようで、賊の大半は打ち倒されていました。
劣勢を悟ったのでしょう、賊が散り散りに逃げ出していきます。
追う必要はなさそうですね。騎士の方々にも疲労が見えます。
また狙われる可能性を考慮しても、ひとまずは安全の確保が先でしょう。
騎士の方々も同じ考えのようで、油断なく周囲の警戒を行っています。
「あれ、スライムちゃん?」
ふと気づけば肩に乗っていたスライムちゃんがいません。
もしや賊に連れ去られた!? と慌てて見渡せば、気絶した賊数名を体の中に取り込んでいる姿がありました。
溶かしている様子もなく、どうやら拘束してくれていたようです。
不思議なことに、先ほどまで私の肩に乗る大きさだったにもかかわらず、大人数人を取り込めるほどの大きさに変化しています。
大きさは自由自在ということでしょうか。
中の賊の顔が少し青くなっているあたり、居心地はよくなさそうですね。
「失礼、旅の方。助力に感謝する」
貴族と思しき方が声を掛けてきます。
その声に振り向けば、それは美しい男性がおられました。
先ほどは遠目だったので鎧の様子で高貴だと感じたのですが、近くで見るとより一層その色が濃いです。
黒曜石のように黒い髪は爽やかさを感じさせるさっぱりとした伸び方、髪と同色の瞳は夜空のようで吸い込まれてしまいそう。
線の細いかんばせに一切の瑕疵はなく、凛としたまなざしと合わさって神様の芸術品と思えるほどに美しいです。
すれ違う女性が十人いれば、七人は振り向いて、五人はうっとりと頬を染めるのでしょう。
振り向かない三人は恐らく一目ぼれします。
「いえ、困っている時はお互い様ですから」
「それでもだ。お二人が来られなければ我々は危うかった」
「それなら、助力できて幸いです」
やり取りを交わす私たちをロビンはじっとりとした目で見ています。
一体どうしたというのでしょうか。
そんなことを考えていると、男性が紳士の礼を取りました。
「私はテオドール・フォン・ロージアン。ロージアン帝国の皇太子だ」
「皇太子殿下とお会いできるとは光栄です。私はカレンと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「カレン……?」
テオドールは私の名前を聞くと、何かを疑問に思ったのか動きを止めました。
私の傍らではロビンが天を仰いでいます。
……おや?
テオドールがゆっくりと口を開きます。
「もしかすると、ミスティリア家のご令嬢か?」
心臓が飛び跳ねました。
なんということでしょう。既に正体がばれそうです。
一体どうして!? と、とにかく誤魔化さなければ!
「な、何のことでしょうか。私はただのカレンです。ここにいるロビンと二人で旅をしているしがない旅人ですよ」
「しがない旅人……?」
「ええ、ですから自衛もできますし、賊もけちょんけちょんにできます! なにもおかしくはありません!」
「そうか。旅人の中にもすごい者がいるものだな」
「納得していただけましたか!」
「私が皇太子と名乗って堂々としている旅人は見たことがないのだが」
「な、なぜかそういう機会に恵まれることが多いので慣れているんです」
どうにかこれで誤魔化せないでしょうか。
しかしよく見るとテオドールの口の端が愉快気に吊り上がっています。
もしかして遊ばれてますか?
「奇遇だな。私もそういう機会に恵まれることが多く、少し前にもフォルト王国第二王子のパーティに参加していてな」
あっ。
「実はそこで婚約破棄されたにもかかわらずきらきらとした目で会場を後にした、あなたにそっくりの人を知っている」
「た、他人の空似ではないでしょうか……」
ぎぎぎ、ときしむ音が聞こえそうなぎこちない動きでロビンに目を逸らします。
これ、どうしたほうがいいでしょうか。
そんな意図を込めて目を合わせれば、ロビンは小さくため息をついて、その場に跪き最敬礼を取りました。
「テオドール皇太子様。ご推察のとおりでございます。故あって身分を隠していたことをお許しください」
ああ、正直にしゃべってしまった方がいいということなんですね。
「許すも何も我々は助けられた身だ。むしろこの出会いに感謝させていただきたいくらいだ」
許してもらえたということは何とかなりそうということでしょうか。
朗らかにテオドールは笑っています。
流石ロビン。私が困ったとき、魔法のように解決して見せる自慢の執事です。
彼以外に私の執事など、セバスチャンくらいしか考えられません。
「この道を通るということは、貴殿らも帝都ロージアを目指すということだろうか」
帝都ロージア。フォルト王国に隣接するロージアン帝国の首都であり、今まさに向かおうとしていた場所です。
「そのとおりです」
「であれば、先程の者達がまた襲ってくる可能性もある。今度は私たちだけでなく、貴殿らも狙われるかもしれない。巻き込むような形になってすまないが、旅路を共にするのはどうだろうか」
テオドールはそう提案しました。
これを断る理由は私にはありません。
もう正体は明かしていますし、また襲われる可能性があるのなら共に戦わねば助けたことにはなりません。
ただ他に私では気づかないこともいっぱいありますから、ロビンに目で問います。
ロビンは少し考えて、頷きました。
「その話、喜んでお受けいたします」
「そうか、感謝する」
テオドールは嬉しそうに破顔します。
笑わなくてもかっこいいですが、笑うとそこに幼さを感じさせる愛嬌が滲み出るというのは、見ていてとても綺麗ですね。
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