魔法令嬢、家族会議!
「集まった貴族の面前で婚約破棄? あの王子、舐めたことをしてくれるじゃない」
お母様の烈火のような怒りが、背後に滲む陽炎となって表れています。
私たちはあの後ささっと帰宅し、家族内で今回の出来事を共有することになりました。
事の顛末を聞いたお母様は激怒、お兄様は何やら悪いことを企てていらっしゃるような笑みを浮かべられています。
正直この場にいるのが怖いです。どうしてこんなことに。
『サラマンダーの奴が火を噴いてるねー。おー怖い』
エクスがお母様を見ながらおどけて見せます。
お母様の怒りがめらめらと現実に表れているのは契約精霊である
精霊はいろんなものに、場所に宿って存在しています。しかしほとんどの人は見ることができませんし、見えても精霊の気まぐれだったりします。
それにもかかわらず、一部の人間は精霊に好まれ、言葉を交わして力を借りることができます。
彼らを人は精霊術師と呼び、その多くが歴史に名を残してきました。
精霊の力を借りると、人々が研究を積み重ねてきた魔法に比べて大きな現象を引き起こせるからです。
森一つを焼き払うほどの大火、大地に星が落ちたかのような大穴を生み出す爆発、街を押し流すほどの洪水。
伝承に残っているのは誇張されたものではありますが、それほど強力であるということを表しています。
私たちミスティリア家は代々精霊に好かれやすく、精霊術師を多く輩出するためフォルト王国では重用されてきました。
なぜ私たちも精霊に好まれるのか。ご先祖様が異世界から召喚された特別な精霊術師であったためと言われていますが、よくわかりません。
ただ私たちは私とエクスのように各々が特に好かれた精霊と契約を交わしています。
お母様の火蜥蜴の場合はその炎のように燃え盛る気質からでしょうか。
お母様が怒ると火蜥蜴が影響を受けて周囲に陽炎を起こします。
人と契約した精霊は他の人間に姿を見せないので、私にはお母様の怒りが現実に表れたようにしか見えません。とても怖いです。
(そういえば、エクスは何の精霊なんですか?)
私が産まれた時から傍にいて、気づいたら契約精霊になっていたエクスが何の精霊なのかを私は知りません。
物心ついた時には可愛らしい猫さんがずっと隣にいてくれたので、家族にエクスが見えていないとわかるまで精霊だとさえ思っていませんでした。
なんとなれば、精霊というよりも兄妹や家族という認識ですらあります。
だから別に何の精霊であっても特に変わりはないのですが。
『んーなんだと思う?』
(きっと猫さんの精霊ですね)
真っ白でふわふわなボディはいつも私の心を掴んで離しません。
実際には私が掴んで離さないのですが。今も膝の上でその感触を堪能しています。
エクスは私を見上げてから、どうでも良さそうにあくびをしました。
『まあ、君がそう思うならそれでいいんじゃないかな』
(じゃあ猫さんですね。もふもふ)
わーい、と現実逃避をしても現状は変わりません。
怒っているのはお母様だけでなく、お兄様とお父様もだからです。
みんな怖い顔をしています。
私が怒られているわけでなくとも、人の怒る顔や嫌がる顔はどうもあまり見たくないのです。
それより私は花咲くような笑顔が見たい。
「まあレイナ、そう怒っても事態は急には動かん。それよりこれからどうするかだ」
お父様がそう諌めると、陽炎が少し収まりました。とはいえお母様は相変わらず不機嫌そうです。
「そうね、とりあえずバカ王子からは離れるとしてどれくらいまでなら許容範囲かしら」
「どれくらい、と言いますと?」
私の問いにお母様はにいっと笑みを深めます。
「生きていることを後悔するレベルの社会的な死から地獄の業火までお望みの物をお届けするわ」
「どっちでもやばいじゃないですか! だめですよ」
お母様、一応相手は第二王子なのですよ?
「私はあまり気にしていませんから。あの人との婚約もむしろ破棄されて嬉しいと言いますか……」
第二王子であるアレクシス様は私といるときも傲慢さが
私の言葉を鼻で笑うことがあったり、エクスが猫の姿をしているというとペットだと馬鹿にしたり。
正直に言えばあの人は苦手です。婚約が継続していたとしてもあまりお互いのためにはならなかったでしょう。
「あのバカ王子と結婚しなくて済んだと考えれば良いことではあるのだがな。いかんせんこちらの面子を潰されすぎる」
「そうですね。今回の出来事で我々は王家に軽んじられた形です。社交界に深くかかわるつもりがないとはいえ、何もしないではいずれ本来の使命に影響が出ます」
お兄様が口にしたミスティリア家の本来の使命、それは人間と精霊の仲介者であることです。
精霊の力を悪用する人間を捕えたり、精霊の声を届ける代行人としての役割を果たしたり。
ご先祖様から代々受け継がれているこの使命を果たすため、ミスティリア家は伯爵家でありながら貴族社会に深く立ち入らない特殊な貴族となりました。
でもそう考えると不思議ですね。
「そもそもこの婚約はどうして結ばれたのですか?」
ミスティリア家の在り方を考えれば、王家との婚約はあまりにも社交界に踏み入った行動です。
王家とのしがらみを作ることで、精霊のためにならないことを強いられる可能性もあるのですから。
逆に王家は私たちと精霊に配慮してくれるかと言われると、難しい気がします。
今の王家の方々の多くは、精霊を隣人ではなく道具のように見ている節がありますから。
仮に王家がミスティリア家の血を入れることで精霊の力を悪用するようにでもなれば、最悪の未来が訪れるでしょう。
だというのに、一体なぜ?
「カレン、それは」
『僕がお願いしたんだよ』
とん、とエクスが私の膝の上から机に降り立ちます。
どうやら今は他の皆にも姿を見せているようで、私以外の全員が驚いた顔をしています。
「カレンの精霊様、お久しぶりでございます」
お父様が丁寧にあいさつをしました。
エクスは尻尾をゆらゆらと揺らしながら向き直ります。
『久しぶりだね、ジョン。カレンが産まれた時以来かな。僕のお願いを聞いてくれてありがとう』
「いえ、あなた様のお願いとなれば喜んで」
『君たちの思いに感謝するよ。そうでなければ目的を果たせなかった』
「目的は既に果たせたと?」
『そうだね。予定通りに事は運んだよ。もっとも、向こうからこうも大ごとにするとは思わなかったけれど』
「あのー、話についていけません」
何やらお父様とエクスの間で何らかの計画が進んでいたようですが……。
というよりエクスはどうしてここまで敬われているのでしょうか。
『ざっくりいうと、僕の目的のために婚約を結んでもらったんだ。その目的を果たして時期が来たら、カレンには婚約をどうするか選んでもらう予定だった』
「その目的とは一体」
『今はちょっと明かせないけど、ミスティリア家の使命、そして君が背負う運命に関わることだよ』
「すごい大きそうな話ですね」
『どうかな。大きいと言えば大きいし、小さいと言えば小さい』
「不思議ですね」
『世の中精霊の僕達からしても不思議なことばかりだよ。だからこそこうして人と関わり合うのだけれど』
「失礼、よろしいでしょうか精霊様」
お兄様が手を上げて話を切り出す許可を求めました。
エクスは首をこてんと傾げています。可愛いですね。
『なにかな、イアン』
「要するに、今回の婚約破棄は精霊としては問題ないということでよろしいのですよね」
『うん、そうだね』
「であれば考えるべきは人間側の問題だけで済むと」
『まあそのへんは皆に任せるよ。僕たちはミスティリア家を信頼している』
それに、とエクスは続けます。
『多分僕たちは関わってられなくなるしね』
それは一体どういうこと、と思ったときこんこんと扉がノックされました。
お父様が入室の許可を出すとセバスチャンが滑らかにお父様のもとへ。
その手に持つトレイの上には一通の手紙が載せられています。
見間違えでなければ、あれは王家の紋章で
お父様はその手紙を受け取り、流れるように目を通すと愉快そうに口の端を吊り上げました。
「カレン、明日から国外へ旅をしてこい。思うがままにな」
「ええ? ですが」
「魔族の事は気にするな。私たちが守ってやる」
そんな急すぎやしないですか!?
驚く私を尻目に、エクスが膝の上に戻ってきて団子のように丸まりました。
ああ、自由でいいなあ……。
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