魔法令嬢エクスリア ~婚約破棄されたので旅に出たら隣国の皇太子に見初められました~
星 高目
第一章:魔法令嬢は婚約破棄されたので旅に出ます
魔法令嬢、婚約破棄される!?
「グオオオオ!」
王都に低い獣のような叫びが響き渡ります。そして逃げ出す人々の喧騒。石畳が派手に砕かれる破砕音。
『カレン、また魔族だよ』
「パーティには遅れないようにしないといけませんね」
御者の方にお願いして馬車を止めてもらい、私の契約精霊である猫のエクスを抱いて降ります。
人々の間を縫うようにして人気の少ない裏路地へ。
魔族から逃げようと皆が一生懸命なので、いかにも高価なドレスを纏った私が裏路地に入ったところで誰も気にしていません。
「いくよ、エクス」
『いいよ』
エクスの真っ白なお腹に顔を埋め、目を閉じて深く深呼吸。お日様のぽかぽかした香りで肺を満たして精神を整えます。
「
呪文を唱えた瞬間、私の体は淡い白色の光に包まれます。繭のようなそれが輝き、しゅるしゅるとほどけていくと現れるのは私ではない私です。
伯爵家令嬢カレン・フォン・ミスティリアから魔族と戦う魔法令嬢マギカ・エクスリアへの変身。
腰まで届く銀の髪は黒をアクセントに取り込んだ金髪となり、耳の後ろで左右それぞれ括って流れるように。身にまとうドレスは雪のように白く変わります。
十五の年になって腰からふわりと広がるフリフリのスカートは正直少し恥ずかしいものがあるのですが。
そして右手に持つは黄金に輝く宝石を先端に据えたロングステッキです。この姿における私のメイン武器でもあります。
とん、と軽く飛べば私の体は立ち並ぶ建物の屋根まで浮き上がります。そのまま屋根伝いに魔族の声が聞こえる方へ。
『ねえ、毎度毎度僕のお腹を吸う必要あるの?』
「私の心の安定のためにたいへん重要なことなんです。絶対に譲れません」
『そうかなあ』
「このふわふわのスカート、そろそろデザインを変えられませんか?」
『僕が心地よくカレンに力を貸すために重要なことだよ。譲れないね」
「なるほど、これが相思相愛ってことですね!」
『違うんじゃないかなあ」
そんなやり取りをしているうちに目的の魔族が見つかりました。王都の真ん中の広場でド派手に暴れていますね。
二本の角に岩のようにごつごつした肌、人を優に一回りほど上回る体格。オーガと呼ばれる強力な種族です。
広場には既に兵士の方々が到着しており、オーガと戦闘を開始していました。
しかしどうやら強大な膂力から繰り出される攻撃に攻めあぐねている様子です。
ここは私の出番ですね。
「とうっ!」
屋根から一気に飛び上がり、走ってきた勢いに重力と衝撃を増大する魔法を込めた右足をその後頭部に――
「えーと何でもないキーック! です」
叩き込み、オーガはズゴンと派手な音を立てて大の字で地面にめり込みました。
「おお、エクスリア様だ!」「エクスリア様がいらっしゃった!」「住民の避難は完了してます!」「後でサインください!」「おいこら抜け駆けするな!」
私の登場に兵士の方々が沸き立っておられます。いえ、あの、いつもの事ではありますがあんまり囃されるとなんだか恥ずかしいです。
とりあえず今日は時間がないので巻きで行きます!
ステッキの先に魔力が集まり、虹色に光り輝いていきます。
「エクスリア・プリズム!」
「チョ、イキナリヒッサツワザダトギャアアアァ!」
ステッキから放たれた虹色の光の奔流はオーガを呑み込み、跡形もなく消し去りました。
何か悲鳴が聞こえた気がしますが本当に申し訳ないです! 今日は急がなければ!
そして兵士の方々の歓声を背に私は立ち去りました。
*
「旦那様、到着いたしました」
「うむ、ご苦労であったセバスチャン」
御者を務めてくれている爺やが馬車の扉を開けてくれました。今度は同乗していたお父様のエスコートを受けながらお淑やかに馬車を降ります。
辿り着いたのはここフォルト王国の王城バルタ城です。小国ながら王城ともなれば見るたびに驚きを隠せないほど立派ですし、清掃が隅々まで行き届いています。
素晴らしい方々が務めていらっしゃるのですね。
そして今日は私の婚約者でもある第二王子様の十五歳を祝う日ということもあり、たくさんの貴族の方がいらっしゃいます。
皆さん大変綺麗な衣装を着ておられてとても胸が高鳴ります。綺麗なもの、可愛いものはいつだって私の心をときめかせてくれるので大好きです。
さてお父様と別れて待機室へ来たものの、婚約者であるアレクシス様の姿がお見えになりません。
予定であればここで待ち合わせて会場入りするはずなのですが……はて?
首を傾げて待つ私のもとに伝令の騎士の方が来られました。先に会場入りしておくようにとのことです。
なるほど、どうやら段取りが変わったようですね。それならば仕方がないというものでしょう。
そして会場に入った私を出迎えたのは好奇と憐みの視線……何故でしょうか、とんでもないことが起こりそうな気がします。
私なにかやらかしましたっけと思い出したところで、エクスリアとしての活動しか思い浮かびません。
それだって人にばれないよう徹底しているはずですが。
頭を悩ませる私をよそに主賓入場の音楽が鳴ります。
はっと入り口を見ればそこには見知らぬ女性と第二王子様が仲睦まじく腕を組んで歩いていらっしゃるではありませんか。
この主賓入場で隣を歩けるのは王子の婚約者と決まっており、掟破りな光景に周りの貴族の方々がざわめいていらっしゃいますね。
要するに、栗色の可愛らしい小動物のような彼女が王子の意中の方なのでしょう。
それはそれとして。
(あの方、とても可愛らしいですね! アレクシス様が好きになるのも頷けます!)
『いや、婚約者を取られた反応がそれなの?』
(可愛いは何より優先されるのです! ああ、あの庇護欲をくすぐる感じがたまりません!)
『ああうん、いつも通りで安心したよ』
この場で私にしか見えていないエクスが何やら言っていましたが、私の心は王子の隣を歩く彼女に奪われていました。
そして二人は階段を上り、居並ぶ貴族に向かって言い放ちます。
「私アレクシス・フォン・フォルトはカレン・フォン・ミスティリア嬢との婚約を破棄し、ここにいるアリア・フォン・ルセチア嬢と婚約することをここに宣言する!」
会場のざわめきはより一層大きくなります。察するに、根回しなどは行われていなかったようですね。陛下もびっくりしていらっしゃいます。
お父様が前に出ました。怒っておられるようですが……。
「理由をお伺いしても?」
王子はふむ、ともったいぶってから人を馬鹿にするように笑いました。あの笑顔は嫌いです。
「理由は大きく二つだな。一つはカレン嬢の素行の悪さだ」
はて、そんな悪い素行など……。
「王妃教育を急に抜け出したり」
ギク!
「俺との逢瀬の際に急に逃げ出したり」
ギクギク!
「学園での授業も急にいなくなったりしたそうだが?」
ギクギクギク!
『全部エクスリアに変身するときのことだねえ』
(心当たりしかありませんね!)
お父様が私を見ますが私は目を逸らすしかできません。最もお父様は私がエクスリアであることを知っていらっしゃるので想像はついていそうですが。
『あとでお説教かな』
(ああ、ここから逃げ出したい……)
そんな私の現実逃避を置いて話は進みます。
「もう一つの理由は見てもらった方が早いだろう。アリア」
「はい、アレクシス様」
王子の言葉に応えた彼女が目を瞑ると白い光に包まれ、そこから現われたのは――
「エクスリア様!?」「彼女がそうだというのか?」「もしそうなら王位継承争いにも……」
魔法令嬢エクスリアでした。私は心の中でエクスに問いかけます。
(エクス、あれって)
『高度な幻覚魔法だよ。余程魔法に長けた人でないと気づけないんじゃないかな』
(私の仲間が増えたわけではないんですね……)
『むしろ絶賛敵対中じゃないかな。相変わらず君の感性は変だよ』
王子が大仰に腕を振って言葉を続けます。
「見ての通り彼女は護国の象徴ともいえるエクスリア様でもある。カレン嬢とどちらが婚約者に相応しいか、言うまでもないだろう」
王子が目の端で私を捉えました。なにやら見返してやったと言わんばかりの表情ですが、なぜに?
「この場は退出させてもらう!」
それを考える間もなく、お父様に手を引かれて私は会場を後にするのでした。
*
帰りの馬車の中、お父様は酷く静かでした。怒りで拳が震えています。
「怒っておられるのですか?」
「当然だ! カレンをここまでコケにされて黙ってられるか!」
怒る理由が王子の婚約者がどう、ではなく私が馬鹿にされたからということにお父様の愛を感じます。
少しほほえましくなってしまいました。
「ふふふ」
「カレンは怒っていないのか?」
「え? どうして私が怒るのですか? 彼は私より可愛い相手を見つけられたというだけの事でしょう?」
(ほんっと、君さあ……)
お父様が呆気にとられ、エクスは呆れているようです。
彼のことを好いているわけではありませんし、私はむしろお祝いするところだと思うのですが。
しばしの後、お父様が軽く噴き出しました。
「いや、そうだな。カレンはそれでいい。面倒なあれこれは私の方で片づけておこう」
それより、とお父様は続けます。
「これからカレンはどうしたい?」
「これから、といいますと」
「あの場であの偽物がエクスリアに変身して見せた以上、もうカレンはエクスリアにならない方がいいだろう。あのバカ王子の様子だとお前が偽物だと言われかねん」
「なるほど」
それはちょっと心苦しいですね。誰も傷つけていない人と戦いたくはありません。
これからどうするか、ですか……。
「折角ですから可愛いものや美しいものを探す旅に出たいですね」
いろんなしがらみが無くなったらやりたいと思っていたことです。
王子の婚約者という立場ゆえに諦めていましたが、今なら出来そうな気がします。
「それはいいな」
お父様もそう笑ってくれるのでした。
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