第20話 Calling Out To You - E

 高度2000mほどで、飛行戦艦の巨大な黒い船体が見えた。旋回して、速度を落としつて並走しつつ、横に近づく。グリムムーンには気づかれていないようだ。


 一般に飛行戦艦はレーザー武器以外では傷つけられない為、強引に突入は厳しい。どこかから侵入できないか探るべく、船尾の方に向かうと、ハッチが開いていた。


 恐らく、火の手は前方から上がっているし、グリムムーンが出撃した時に空けた物の、システムがダウンしたか、司令部が全滅して閉じなくなったのだろう。


 ハッチから中に入り、格納庫に着陸する。そこで見えたのは、一面の赤だった。


 壁を這うように赤い蔦のようなものが張り巡らされていて、整備士と思われる人たちからその蔦は這えている。


 蔦は目から、口から伸びていて、船の奥の方に続いていていた。整備士達だったものの跡には血だまりができていて、蔦が生えているところから血が流れていた様子が伺える。


 余りにも悍ましい光景に、思わず吐き気が込み上げてくるが、無理やり飲み込む。それより、まずはフィラースを助けなくては、と自分に言い聞かせて、銃を片手に機体から降りた。


 持ってきたのは38口径の回転式拳銃で、装弾数6発、反動はそこそこあるが、練習しているから、ある程度は当てることは出来る。しかし、仮に撃ち合いになったら、その時は覚悟を決めるしかない。自分も死ぬ覚悟を。


 スカウターから降りると、辺りは鉄のような血の匂いで充満していた。赤ばかりで、目がちかちかして、気が狂いそうになる。しかし、ここは気を強く持たないと。これは、自分で決めたことだ。フィラースを助けないと。


 格納庫から廊下に入ると、そこも格納庫と同様の状態だった。一体、船の中で何が起きているんだ。駄目だ、知識が足りなさ過ぎて何も理解できない。ただ、人が沢山死んでいると言う事実があるだけだ。もしかしたら、自分もここに居たら、この人たちと同じように。


 眩暈がする。息が苦しくなってきた。これ以上、何も考えてはいけない。こんな時は、歌でも歌えば、気が紛れるかな。


 鼻歌でCELESTIAL NEXUSのOPを歌いながら、フィラースを見た場所に向けて進んでいく。敵に私がここに居ますよと告げているような行動だが、こうでもしないと正気で居られなかった。


 100mほど進んだところで、ドアの向こうから物音が聞こえた。フィラースかもしれない。銃を構えつつ、体をドアの横の壁に着ける。そして、ドアの横にあるハンドルを回して、ドアを開けた。


「誰だ!」


 ドアの向こうからフィラースの声が聞こえた。直ぐにドアの横から正面に出る。すると、向こう側の廊下では、血まみれのフィラースと、目から血管のような管が伸びて口から泡を吹いている男の姿があった。


「蓮!お前、どうしてここに!」

「フィラースを助けに、無事でよかった……」


 フィラースの後ろの男がかすかに動いた。首がこちらを向き、口が動いた。その瞬間、音がくぐもり、目の前が赤く染まった。


 体に力が入らずに、その場に倒れ込んだ。痛い、痛い、男からその声が鮮明に、絶えず聞こえる。彼は、私に訴えかけているのだ。彼から赤い線が蛇のようにこちらに伸びてくるのが見える。それに触れたら終わりだと、直観的に理解する。


「おい!しっかりしろ!」


 水の中に居るような感じでフィラースの声がくぐもって聞こえる。線は目の前まで来ている。私も、彼らと同じようになるのか。


「怖いよ、お母さん!助けて!助けて!」

「痛いよ!痛い!痛い!ごめんなさい!ごめんなさい!」

「暗いよ!みんなどこ!どうしてこんなことするの!」

「お母さん!お父さん!どうして!どうして!」


 線が近づくたびに鮮明に悲痛な子供の叫びが聞こえてくる。そうか、あれは人間なんだ。赤い色は、血の色なんだ。全て人間だったんだ。これは、彼らの叫び。そうか、そうだったんだ。全部わかったぞ。エーテルノイドとは。


「蓮!目を覚ませ!」


 フィラースに顔を叩かれて、我に返った。今、私はどうなっていたんだ。


 急に右肩に痛みが走る。痛みは急速に広がっていく。この船の空間のせいで、エーテルノイドの浸食が進んでいるのか。薬はスカウターに入っている。30分以内にスカウターに戻りさえできれば、大丈夫だろう。


「ごめん、フィラース、ありがとう。助かった」

「急に現れるなり、倒れやがって。そんなんじゃ、お前が死ぬぞ」

「......まだ、死にたくないな」

「じゃあ、何で、そこまでして助けに来たんだよ」

「......もう時間があまり無い。スカウターを格納庫に留めているから、そこから脱出しよう」

「俺は……」


 フィラースは、ここで脱出しないで死ぬつもりなのかもしれない。だが、フィラースには生きていてもらいたい。例えそれが彼に苦痛を与える我儘だとしてもだ。


 ここは、取り合えず、一芝居売っておくか。


「フィラース、済まないが、持病の発作で動けないんだ。スカウターまで連れて行ってくれないか?」

「何なんだよ、助けに来たと思えば……。馬鹿なんじゃないの」

「そうかも」

「ったく、仕方が無いな」


 若干、棒読みな気がするが、目論見通りになったのでよしとしよう。


 結局、この後、フィラースの肩を借りて格納庫まで戻り、スカウターに乗り込んだ。スカウターの操縦も全てフィラース任せだ。どっちが助けに来たんだか。


 格納庫から外に出ると、グリムムーンとストームブレイカーは遠くに離れていて、船は後数分で墜落するといった状態だった。間一髪、とまではいかないが、間に合ったようだ。

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