13話 第九階層 正義の礼拝堂1
転移が終わると、俺たちは礼拝堂に居た。
壁一面のアンティークステンドグラスのやさしい輝きに包まれた堂内はどこか俺に安心感を与えてくれる。
これはカーバンクルの特性でキラキラしたものを見るとなんかリラックスできるんだよね。
礼拝堂の奥にはパイプオルガンが置かれ、縦に三列横に八列の計24脚のベンチタイプ椅子が並べられていた。
「セナ、あそこ」
師匠が指を差した先にはパイプオルガンの椅子に腰を掛ける一人の女性だった。背中には白い翼が生えており腰にかかるほどの金髪に水色のフルメイルを着用している。
……全然気づかなかった。
「あのう、ここのフロアボスさんでしょうか?」
俺は恐る恐る尋ねるが彼女は応えず、急にパイプオルガンを演奏し始めた。
独特のリズムを歯切れ良く、これまたダイナミックに弾きまくる。その弾きっぷりは実にたくましく、胸の空くような快演、という言葉が浮かんだ。
場所も相まってより彼女の荘厳さがより際立つ。
分かっていたことだが俺たちはこれから最上級天使を相手するのだと再認識させられた。
演奏が終わり彼女は立ち上がると振り向きざまに先程の俺の問いについて応えた。
「あぁ、ワタシがこの階層のフロアボス、正義の大天使ミカエルだ!貴様らが挑戦者だな?」
とてもハキハキと喋る。まるで軍人だな。
そんなことを思っているとまたしても師匠が驚きの声をあげる。
「う、嘘でしょ。最上級天使とは聞いてたけどよりにもよってミカエルだなんて!」
ミカエルについて何か知ってそうなので聞いてみる。
「どんな天使さんなの?」
「天界と魔界を統べるソロモン神王が最初に生み出した天使、それがミカエル。天界最強の天使にして最も偉大なる天使として知られている方だよ」
「まじか!」
天界最強が何故ダンジョンのフロアボスになってんの?いや、確かリッチモンドさんが言うには正義について迷っているとかなんとか言っていたか?
まぁ、まずはミカエルの問いには応えておかなきゃな。さっきからめちゃくちゃ睨まれてるし。
「遅い!貴様らは挑戦者なのかと聞いている!」
どうやら痺れを切らしてしまったようだ。
「はい!ここであなたを倒し転移陣を使わせていただきます」
まぁ、天界最強でも攻略するって決めちゃったしね。
俺には関係ないことだ。
「よかろう!だが、まず一つ聞かせてくれ。貴様らの正義とはなんだ」
やべ、彼女の演奏が凄すぎて考えるの忘れてた。師匠も同様のようだ。
「えーと……」
「その……」
「遅い!パッと出てこない正義は正義にあらず!よって貴様らはここで死ね!」
うそん。
そして俺たちの戦いが幕を開けたのだった。
……そのはずだった。
いかにも、これから襲いにかかるって感じの言葉を吐いた彼女だが内容とは裏腹に周りに並べてある椅子を黙々と片付け始めた。
「何を見ている?貴様らも椅子を片付けんか!戦いにきたのだろう?」
確かに、椅子があったら戦いづらいな。だけど……
「フロアボスってフロアの環境を変えることができるんだろ?消すことぐらいできるだろ?」
アリウスの城だって一から作ったわけではなくフロアボスの権限で複製し生み出したものだと言ってた。だから手作業じゃなくても良いはずなんだが。
「ハッ!そうだった」
彼女は俺の指摘に気付き指パッチンで椅子を消した。
「最近、フロアボスになったばかりでな仕様がよくわかっていないんだ」
そういえばリッチモンドさんがそんなこと言ってたな。
「この際だ全て作り変えてしまおう」
その瞬間、先程まで礼拝堂内にいた俺たちは気がつく草原の上に立っていた。見上げれば青い空が広がり、周りを見渡すと無数の島が浮かんでいた。そして、はるか上空には城らしきものまでも浮いている。
「ここは?」
俺はその美しい光景に思わずここがダンジョンの中であることを一瞬忘れかけてしまった。
「モチーフは天界に存在するワタシの領地だ。穏やかな場所だろう?」
確かに。広大な自然と所々にある煉瓦造りの家がより一層郷愁を感じさせる。ザ西洋の田舎って感じだ。
「だが、もうすでに存在しない。ワタシの過ちのせいで滅ぼされてしまったからな。ワタシはその日以降自身の掲げる正義が正しいのか分からなくなってしまった。ワタシがフロアボスになったのはただの偶然。帰る場所を失ったワタシはある日、天使召喚によりこのダンジョンの管理者に呼び出され契約を交わしフロアボスを任されたんだ」
なるほど。領地を滅ぼされるほどの過ちって何をやらかしたんだろうか?
「すまんな、貴様らには関係のない話だった。それでは戦いを始めようか。ん?あの女はどうした?」
流石に師匠からは今回は手伝うと言われたが断らせてもらった。それでも引き下がらなかったため本当に危なくなったら参戦してくれることを条件に異空間で留守番をしてもらっている。
「俺一人で十分」
其の言葉にミカエルは不適な笑みを浮かべる。
そして、俺たちの本当の戦いが幕を上げたのだ。
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