第33話

 目を覚ますと病院の一室にいた。廊下側にしか窓のないおそらくは地下室だったが、壁と床と天井、そして白いベッドは間違いなく病院のそれだった。ただ一つ気味が悪いのは、廊下に面した窓に牢獄を彷彿とさせる鉄の格子がはめ込まれていることだった。

 周囲を見回す。隣のベッドには横たわる唯花、はす向かいのベッドには、数日前零歌達を暴行した『サテライト』の青年がいた。零歌に音無殺しを要求した張本人だ。彼はふてくされたような顔でベッドの上に膝を立てて座っていた。

「起きたか?」

 『サテライト』の青年が言った。

「……ここは?」

「『アヴニール』の本拠地だ。病院の地下室を改造した部屋で、ここは元々精神科の病室だった場所のようだ。音無夕菜……夕日を殺害しようとした咎で、俺達はここで囚われの身という訳だ」

 青年は退廃的な笑みを浮かべると、零歌を投げやりに咎め始めた。

「っていうかおまえ。やりすぎなんだよ。サイコパスかよ。夕日一人を殺すのに飛行機を落として小学校を炎上させるなんざ……アタマおかしいんじゃねぇのか?」

「あ……あなたがそうしろっていうからっ。私とお姉ちゃんを殴る蹴るした癖にっ」

 零歌は思わず逆上した。恐ろしい相手のはずだったが、状況が状況だった為怖さが麻痺していた。

「……ちっ。まあそりゃあそうだな。飛行機の乗客と小学生共が死んだ責任は俺にもある」

 そう言って青年は自分の懐を漁ったが、そこに何もないことに気付いてさらに舌打ちをした。

「クソっ。夕日の奴、煙草まで取り上げやがって。どんだけ煙草嫌いなんだ。徹底してやがる!」

「その『夕日』ってのは誰なんですか?」

「ああん? ……俺の姉貴だよ。おまえらが『音無夕菜』と呼んで殺そうとしていた相手で、正体は『アヴニール』の総統だ。奴は好きなだけ若返られる『中二病患者』なんだよ」

 零歌は絶句した。

 零歌は青年から様々な話を聞いた。青年の本名が時川深夜であり、五人兄弟の第二子であること。姉である夕日に誘われ、中二病患者が政府に対し正当な権利を主張する為の組織の立ち上げに関わったこと。『アヴニール』と名付けられたその組織のナンバー2として活動するものの、考え方の相違から夕日と袂を分かつことを決意したこと。空と共に水面下で様々な工作を行っていたが、すべてがバレて今は囚われの身で生命すら危うい状況ということ。空とは恋人同士であったということ。

 しばらくすると唯花が目を覚ました。深夜は唯花にも同じ説明を軽く復唱した後、「おまえらは多分殺されない」と一言添えた。

「どうして?」

 唯花は言った。その言葉に希望よりも疑問を感じているようだった。

「夕日の性格ならそうする。俺はあいつが嫌いだが、人生のほとんどすべての期間一緒にいて、うんざりする程濃密な時間を過ごして来たから良く分かる」

「だから、それはなんで?」

「君達が優秀な中二病患者だからだよ。松本姉妹」

 音無夕菜……時川夕日の声がした。

 見ると夕日は窓にはまった鉄格子の向こう側から、嘲弄するような表情でこちらをじっと見つめていた。背後には相変わらず二人の弟達を従えている。未明と正午。

 四人いる兄弟の内の三人を深夜は敵に回しているらしい。彼らの性格と『症状』についても零歌は既に聞き及んでいる。特に未明は、殺人鬼『指切り』の正体だというのだから恐ろしかった。

「君達が私を殺そうとしたことは、その男への尋問で既に把握している。君達の身柄は当分の間我々『アヴニール』に拘束され、正規の結社員となる為の教育課程を受けることになる。我々の崇高なるイデオロギーを理解し、総統であるこの私に忠誠を誓うのだ」

「良いのかよ姉ちゃん。こいつら姉ちゃんを殺そうとしたんだろう? 許してやって、しかも仲間に入れてやるのか?」

 未明が胡乱そうな声で言う。正午もまた、「のだ。反対なのだ」と呟いていた。

「私を殺そうと飛行機を落としたことは、むしろ高評価の対象と考えている」

「なんで? そんなことが出来る高位の能力者だからか?」

「それもある。……が、症状が強力というだけなら珍しいと言っても知れている。大切なのは、その症状を己の目的の為冷酷に行使出来、その結果何が起きても動じないことだ。これが一番難しい」

 夕日は零歌の方に視線を向けると、慈しむような表情で言う。

「君は深夜から殴る蹴るの暴力を受け、それから逃れる為に飛行機を落としたのだそうだね? つまり暴力による支配に染まりやすいということだ。そんな人間なら教育も容易いというもの。実のうってつけの人材ではないか?」

「……すぐ裏切るぞ」

 深夜が嘲るような声を発した。夕日は肩を竦めて。

「だろうな。それを見越して相応の使い方をすれば良いだけのことだ」

「……私達、本当に殺されずに済むんですか?」

 零歌は希望に満ちた声を発した。今零歌がもっとも気がかりにしているのはそれだった。

「生きられるんですか? ずっとお姉ちゃんと一緒にいられるんですか?」

「ああ生きられるとも。教育課程が終わるまでは地下に軟禁だが、君が真面目に取り組めば半年もせずに修了する。姉の方も同じくこの地下でその教育を受けることになるから、一緒にいたいという願望だって叶えられる。訓練生の寝室は個室であることが原則だが、訓練の成果が芳しければ、相部屋だって検討してやる」

「訓練課程ってつらいんですか?」

「そうでもない。教官は皆優しい。軟禁生活は退屈だろうが娯楽もある。遊戯室にニンテンドースイッチが置いてあり漫画や小説も私のオススメが棚にズラリだ。将棋やトランプなんかもあるから存分に姉と遊びなさい。ただし訓練生は君達以外にもいるから規律を持って仲良く使うように。困ったことがあったら気軽に教官に相談しなさい。私は学生時代いじめられっ子タイプだったから、君のような気の弱い人間は贔屓しようじゃないか」

「……ふざけんなや」

 漏らすように言ったのは唯花だった。

「半年間監禁とか……犯罪やぞそれ」

「そうした態度を取り続けるなら監禁は長引くぞ。『アヴニール』に真なる忠誠を誓ったどうかを判別するのは容易い。それができる症状の持ち主はいくらでもいる」

「そうやって人を監禁して洗脳して……結社員とやらに仕立て上げるちゅうんを、あんたらはずっと続けて来た訳か?」

「それに近いことはしている。だが某国のように無理矢理誘拐した子供を工作員に仕立て上げるようなことはしないぞ。君達はあくまでも例外で、訓練生は基本的には志願者なのだ。政府に捕まりそうになっているところを保護し、結社員として勧誘し育成するのだ」

「何が『志願者』や。他に選択肢のない子供を囲っとるだけやんけ!」

「そうとも言える。穏健派の中にはそうした我々のやり方に反発する者も多くいるが、しかし大義の為なら多少の蛮行は必要悪だと思わないかね」

 夕日はいけしゃあしゃあと口にする。それに対し。

「黙れこのイカれテロリストもどきが。方法を見誤れば大義も糞もねぇよ。志願してようがしてまいが、ようは子供を戦場に送るんだろうが。政府は糞だが、今のアヴニールも同じくらい糞だ。おまえが消えねぇ限りそれは変わらねぇ」

 そう言ったのは深夜だったが、夕日はそんな弟を取り合うこともせず、おだやかな口調で。

「取り調べはまだまだ続くから、訓練生としての個室に案内するのはもう少し先のことにはなる。それまではこの不便な牢獄から出られないが、取り調べに協力的なら早く出られる」

「は、はい。何でも聞いてください」

 零歌は言う。ことこの状況に陥ってはそれしかない。きつい尋問や拷問はごめんだった。

「よろしい。ならば聞こう。空を殺したのは零歌、君か?」

 その質問に、零歌はすぐには答えられずに絶句した。

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